【脱毛症とは?】
脱毛症は、皮膚科学の正式の病名ですが、それには毛髪が少なくなった様々な状態が含まれます。しかも、「脱毛」という言葉が大ざっぱに曖昧に使われています。つまり、外見上で毛髪が少なければ「脱毛している」と言っているわけです。厳密に言うと、①毛髪が抜け落ちて、毛髪の数が減少または無くなる状態(数の減少)、②数は変わらないが、毛髪が細く短くなり、量的に髪が薄い状態(
脱毛の状態 | 病 名 |
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①数の減少・消失 | 円形脱毛症、抜毛癖、休止期脱毛、外傷性脱毛、瘢痕性脱毛、薬剤・化学物質による脱毛、放射線による脱毛、代謝病による脱毛、感染症による脱毛、膠原病による脱毛など |
②軟毛化 | 男性型脱毛症、老人性脱毛症 |
③毛髪異常 | いろいろな毛髪奇形 |
【健康な毛髪とは】
脱毛症を理解するためには、まずは健康な毛髪についての知識が必要です。
- 1)毛の種類
- 頭髪、男性の髭、腋毛、陰毛は太く長くなり
硬毛 の長毛ですが、眉毛、まつ毛、鼻毛は太く短く硬毛の短毛です。腕、体や下肢の細くて2cm以下の毛を軟毛 と言い、乳幼児の顔などでとても細く短い白色の毛を生毛 ないし産毛 と言います。毛の数は、全身で500万本、頭髪は10万本あり、それぞれの部位の毛の性質は、遺伝的に決まっています。 - 2)毛の生え変わり(
毛周期 ) - 個々の毛には寿命があり、ある程度伸びると成長を止め、抜ける状態になります。しかし、同じところに新しい毛根が再生して、再び新しい毛母で毛の細胞が作られ始めると、同じ毛孔から、古い毛を追い出すように毛が伸びてきます。その皮膚の中の変化は、図1のごとくです。毛を盛んに伸ばしている時期を
成長期 、毛根が縮んで行く時期を退行期 、伸びずに留まる時期を休止期 と言います。続いて休止期の毛根の下端部から次の成長期の新しい毛根になる毛芽 が出現します。この成長期→退行期→休止期→成長期という繰り返しを毛周期と呼び、毛の生え変わりが絶えず起きています。
成人のふさふさした頭髪の成長期は数年で、つまり数年間伸びて寿命になります。成長期毛の割合は約85%で、休止期毛が10数%、退行期毛が数%の割合で、常時、100本程度が毎日自然に抜け落ちていますが、それに応じて再生し、ほぼ一定の数が保たれます。伸びる速度は、1日に約0.4mmです。ところが、男性型脱毛症や老人性脱毛症では、硬毛で覆われていた前頭~頭頂部の毛髪がある時から短く細い軟毛に置換わってしまい(軟毛化)、髪が薄い状態になります。
毛根のこれらの変化には、毛母が取り囲む中に集合している毛乳頭細胞 が重要な働きをしています。また、毛隆起という部分に、毛根になる細胞を供給する幹細胞 が存在しています。

図1.毛の生え変わり(毛周期)における毛根の変化
- 3)毛の成長に影響する因子
- 毛が長く太くなる、逆に短く細いなどは、もともと遺伝的に決まっていることで、人種による差などがありますが、遺伝は毛の性質を決める最大の因子です。しかし、一生同じではなく、やはり遺伝的に決められた変化が年齢を追って起こります。すなわち、小児の頭髪はわりに細く、思春期を経て太い硬毛になり、成人のふさふさした髪になります。男性では、髭、胸毛、すね毛も硬毛になり、男女ともに腋毛や陰毛が
硬毛化 します。これらは、いずれも、思春期から増える男性ホルモンの作用によります。
ところが、同じ男性ホルモンの作用で、男性型脱毛症の遺伝的素質がある男性では前頭~頭頂の頭髪が軟毛化してしまいます。高齢になると、かなりの人が頭髪が薄くなりますが、これも軟毛化の現象です。しかし、高齢では、眉毛、鼻毛、耳毛などがとくに男性で毛深くなり、一方で、腋毛、陰毛が、とくに女性で薄くなります。毛の老化現象にかかわる因子は未だはっきりしません。 - 4)毛髪の色
- 毛髪の色も遺伝的因子が関係し、とくに人種による大きな違いがあります。毛の色は、毛母に存在する色素細胞(メラノサイト)がメラニン色素を作り、それを毛になる細胞に与えているからです。そのメラニン色素の量や質の違いが、毛の色の違いになります。一方、白髪では、この色素細胞がメラニン色素を作らなくなったり、色素細胞が毛母からいなくなるために、毛が白くなります。白髪化も遺伝が関係していますが、色素細胞の老化現象も考えられます。
【脱毛症の概略】
個々の主な脱毛症については、各論を参照してください。ここでは、簡単に説明します。
- 円形脱毛症:
- 成長期の毛の毛根が炎症を起こし、あるとき急に円く抜けてしまうもので、頭全体~全身の毛が脱落してしまうこともあります。→各論参照
- 抜毛癖(トリコチロマニア):
- 主に学童期の一種の癖で、児が自ら頭髪などを抜いてしまうものです。内向的で、おとなしい児が多く、精神的なストレスを感じて始めてしまいます。たいてい部分的に抜きますので、円形脱毛症と間違われることもあります。→各論参照
- 休止期脱毛:
- 一時的に休止期毛の割合、つまり抜け毛が増え、頭髪が全体に薄くなるものです。お産、高熱の病気や大手術などの後に起きますが、普通は徐々に回復します。
- 外傷性脱毛:
- 頭皮に強い圧迫が持続性に加わると血流不足になり、成長期毛根がダメージを受けて退行し、毛が脱落します。硬い床、手術台などに意識無く動かずに寝ていた時に起きます。多くは一時的な脱毛で、いずれ再生します。
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瘢痕 性脱毛: - 深い熱傷や外傷の後の瘢痕、あるいは瘢痕になる皮膚病では、毛根がまったく消失して、再生しない脱毛巣になります。
- 薬剤・化学物質による脱毛:
- 抗がん剤やタリウムなどは、成長期の毛母の細胞分裂を傷害して、毛を作れなくします。頭髪全体が比較的急に脱落します。その影響が無くなれば回復します。
- 放射線による脱毛:
- 放射線は、細胞のDNAを変質させ、大量では皮膚全体に回復しがたい傷害を与えます。毛については、瘢痕性脱毛のようになります。
- 代謝病による脱毛:
- 腸から蛋白が漏れる病気、飢餓や食思不振症などで極端な低栄養になる状態、あるいは甲状腺機能低下症、亜鉛欠乏症などでは、やはり毛が作れなくなり、頭髪全体の毛が脱落します。状態が改善されれば、回復します。糖尿病では脱毛は起こりません。
- 感染症による脱毛:
- 頭部白癬(頭皮や毛に白癬菌が感染)、毛嚢炎(毛孔に黄色ブドウ球菌が感染)などで毛根が壊され、毛が作れなくなります。あまりひどいと、瘢痕性脱毛になります。梅毒でも、病原菌のトレポネーマが皮膚を侵し、毛根も傷害されて、毛がばさばさと脱落することがあります。
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膠原病 による脱毛: - 全身性エリテマトーデス、皮膚筋炎、強皮症などの膠原病では、皮膚組織も侵される結果、毛根が毛を作れなくなり、脱落します。
- 男性型脱毛症:
- いわゆる「若はげ」で、遺伝的素質がある人が、早いと20歳代から、前頭や頭頂の髪が薄くなります。軟毛化によります。→各論参照
- 老人性脱毛症:
- 男性型脱毛症と同様のものとみられますが、高齢になってから徐々になり、老化現象とも考えられます。→各論参照
- 毛髪奇形:
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連珠毛 、陥入性裂毛 などの毛髪奇形では、毛が作られても切れやすく、長くならず、脱毛状態になることがあります。 - その他:
- 頭皮の湿疹や皮膚炎でも、かなりひどい場合は、髪が薄くなることがあります。