特定非営利活動法人 標準医療情報センター

心的外傷ストレス障害PTSD(Post-traumatic stress disorder)とは

 心的外傷ストレス障害PTSD(Post-traumatic stress disorder)とは、 身体的にあるいは精神的に極めて大きなトラウマを負った後に起こってくる様々なストレス障害あるいは情緒障害です。
PTSDをそのまま日本語に直訳すると「外傷後ストレス障害」になりますが、心的という言葉をその前につけて「心的外傷後ストレス障害」というのが普通です。PTSDという診断名は1980年ごろから正式に使用されています。それ以前、例えば米国の市民戦争時には兵士の病(soldier's heart)、第一次世界戦争時には戦争疲労症(combat fatigue)、第二次世界戦争時には重症ストレス反応(gross stress reaction)、ベトナム戦争時にはベトナム後症候群(post-Vietnum syndrome)あるいは戦争疲労症(battle fatigue)、砲弾ショック(shell shock)などと呼ばれていた疾患がこれに相当します(1),(2),(3),(4)。
 トラウマが持続的に起こる場合、さらに重症な「複合性心的外傷後ストレス障害」( complex posttraumatic stress disorder; C-PTSD)と呼ばれます(5),(6),(7)。
米国では国民の平均7~8%が一生のうち一度はこの疾患にかかっているようです。また、退役軍人や強姦被害者ではもっとその頻度は高く、10~30%に及ぶと報告されています。発症頻度には人種差があり、黒人やヒスパニック、アメリカ原住民では発症頻度が高いようです。人種差別が原因ではないかと考えられています。精神科外来、心療内科、神経内科、慢性の痛みの外来(8)、睡眠外来などをひっくるめると、患者の約50%がPTSDであるとの報告があります。
2001年9月11日のアメリカのテロに遭遇した人々にこの疾患が多くみられます。さらに、直接このテロに関わってない人々にもPTSDが多いとの報告があります。阪神大震災でどの程度の被災者が出ているのか、国内文献で調べましたが、明らかでありませんでした。
 東日本大震災や引き続き発生している災害の場合も多くの患者さんが出ることが懸念されます。震災の規模が甚大なほど、直接被害を被った人々、家族を亡くされた人々だけでなく、後で震災の状況をテレビ画面や種々のメディアで見た人々、被災者を取材した人々にさえ影響してきます。さらに、東日本大震災の場合、東京電力の原発事故による不安が重なり、この心の痛み、すなわち新しいタイプのPTSDが長期に発症する可能性もあります。
 この病気の診断基準には米国精神科学会(APA)によるもの(DSM)と世界保健機構(WHO)によるもの(ICD-10)が一般的です。DSMは最初1952年に草稿され(DSM-I)、現在までに4回改定され、1994年に改定されたもの(DSM-IV)が使用されています。さらにDSM-Vとして改定され使用されています(9,10,11,12)。

原因

 PTSDの原因は、今回の東日本大震災に見られる地震や洪水、火事のような災害、または東電の原発事故や戦争といった人災、テロ、監禁、虐待、強姦、体罰などの犯罪など多様です。2011年3月11日に発生した地震や津波はその規模が大きく、災害の程度が筆舌に尽しがたいものがあります。その上に、レベル7に引き揚げられた最大の原発事故と引き続き起こっている放射能の問題は新しいタイプのPTSDを引き起こす危険性があります。
 原因としてのトラウマには主として次のようなものが挙げられます。

  1. 戦争
  2. 自然災害
  3. 自動車や飛行機事故
  4. テロによる災難
  5. 愛するヒトの突然の死
  6. 強姦
  7. 人質
  8. 強盗による傷害
  9. 家庭内暴力
  10. 小児期における無視や放置、など

トラウマに対する正常な反応とPTSDとの違い

 先ず、トラウマの大きさに違いがあります。PTSDではその程度が大きいことです。トラウマに対しては全てのヒトが、PTSDのような症状がでます。例えば、正常な場合でも、事故後、悪夢をみたりしばらくそのトラウマを思い出して不安な状態になります。あるいは悲しみのあまり鬱状態になります。これらはすべて正常な反応です。しかし、その症状は数日~数週間で次第に治まります。正常な場合は、そのトラウマに対する心に痛みを自分なりに癒していきます。
 PTSDに陥るのは、そのトラウマによる心の痛み、ショックから抜け出すことが出来ずにいる状態です。

症状

 PTSDの症状は突然出てきたり、次第に起こったり、何度も繰り返し起こったりします。
 また、症状はトラウマに関連したこと(例えば、トラウマ時に似た物音、ヒトの声、光景、匂いなど)に遭遇すると生じます。
 下に掲げる3つの症状が、精神的あるいは身体的に重大な出来事の後に1ヶ月以上も続く場合はPTSD、1ヶ月未満の場合にはASD(acute stress disorder)(急性ストレス障害)と診断されます。
 PTSDの患者はそれぞれ異なった症状を示しますが、主として次の3つのタイプがあります。

  1. 不眠などの過覚醒症状や高度の不安状態を示すタイプ
    トラウマ後、不眠が続き、神経が過敏となり突然怒る。集中力が欠如し、持続的な興奮状態、絶えずびくびくしてすぐびっくりしたりする状態です。
  2. トラウマの原因や関連する事に対して回避するタイプ
    患者が強いトラウマを受けると、精神機能はショック状態に陥り、パニックを起こす場合があります。そのため、その脳機能の一部を麻痺させることで一時的に現状に適応させようとします。そのため、事件の前後の記憶を想起するのを回避したり忘却しようとする傾向がでてきます。幸福感がなくなり、感情が鈍麻し、物事に対する興味や関心が減退します。その結果、建設的な未来像を描くことが出来なくなり、運動性障害などが見られることがあります。特に被虐待児には感情の麻痺などの症状が多く見られます。
    精神機能の一部が麻痺したままでいると、精神がうまく統合されなくなり、身体から、あるいは心から異常信号が発せられます。その結果、不安や頭痛、身体各部の痛み、不眠、悪夢などの症状を引き起こすことがあります。とくに子供の場合は経験や知識がないため、トラウマの映像や感覚が心に取り込まれて、原因の分からない腹痛、頭痛、吐き気、悪夢が繰り返されることがあります。
  3. トラウマの一部や、全体に関わる追体験(フラッシュバック)がおこるタイプ
    トラウマの記憶が割り込むように思い起こされたり、再度トラウマが起こっているように感じることです。突然の悪夢に襲われたり、身体が反応して動悸がしたり、呼吸が苦しくなったり、吐き気がしたり、筋肉の硬直が生じたり、冷や汗をかいたりします。視床下部にある自律神経中枢の交感神中枢が刺激され交感神経過活動が生じる結果です(図参照)。

 その他の症状として激怒、自己非難、罪悪感、自己嫌悪、恥じらい、薬物乱用、不信感や裏切り感などがみられます。

子供に見られる特異的な症状

 子供に見られる特異的な症状として、

  1. 両親と離別することを恐れる
  2. 学習して得た知識や技を忘れる
  3. 内容のはっきりしない悪夢や睡眠障害を訴える
  4. トラウマの内容を思わせるような衝動的なしぐさをする
  5. トラウマとは直接関連しないものへ新しい恐怖心が生じる
  6. しぐさや会話、絵などでトラウマを表現する
  7. 原因不明の体の痛みや苦痛(心の痛み)を訴える
  8. いらいらしたり攻撃的になる

などがあります。

PTSDのリスクファクター(どんな場合やどんなヒトがなりやすいか?)

  1. トラウマの大きく持続時間が長い(13)(2011.09.11.世界貿易センターで起こったテロによる事件のとき、被災ビルから逃れる時間が長かったヒトほどPTSDになりやすく、症状も重いようです)
  2. トラウマの前歴がある(特に若い頃の)
  3. 家族歴(家族にPTSDやうつ病がいる)
  4. 身体的あるいは性的虐待の既往がある
  5. 薬物乱用の前歴がある
  6. うつ病や不安神経症、あるいは他の精神疾患の既往がある
  7. そのヒトの毎日の生活にストレスがある
  8. トラウマ後、サポートがない
  9. トラウマに対処法を知らない
  10. 大きな病気(心筋梗塞、癌など)や大きな手術を経験した(14)(図参照)
  11. トラウマの時期が若い頃であった
  12. 女性に多く、米国では黒人に多い(15)
  13. 身内や友人を災害で失っている(スマトラ沖地震ではこのファクターが大きいようです(16))
  14. 職業で絶えずストレスにさらされている(例えばジャーナリスト(17)、救急の場で仕事をする医師や看護師、レスキュー隊(181920)

PTSDが疑わしいときはどうすればよいか

 自身あるいは親しいヒトにPTSDが疑われた時は出来るだけ早く助けを求めることです。対処が早ければ早いほど、PTSDの症状の進行を食い止められます。受けたトラウマを自ら認識し受け止めてそれに対処する心構えが必要です。PTSDを自らの弱さと思わないことです。臨床心理士や医師のガイダンスに従って治療を開始してください。
 トラウマを思い出すのを避けると返って症状は重くなります。トラウマを過去の出来事として受け止めることです。思い出すのを恐れ避けると返って症状は重くなります。治療を避けていると、家族や友人との関係が返って崩れてきます。また、PTSDの症状が進行すると身体的な病気、特に循環系の病気を引き起こします(図参照)。
 すべてオープンに心の痛みを家族や親しい友人に打ち明けて援助を求めることです。

心の痛みとしてのトラウマは身体の痛みとして感じることがある

PTSDの治療に対する心構え

  1. トラウマについて自分で検証してみる
  2. 罪悪感、自責や不信感について自ら冷静に考える
  3. 脅迫的に何度もやってくる記憶のコントロール法を自ら学ぶ
  4. PTSDが自分の生活や人間関係をどのように変えたかを話したり、文章や絵画、音楽、歌などで表現する

PTSDの治療の種類

  1. トラウマに焦点をしぼった認知療法
    トラウマに関連する患者さんの考えや感情を率直に話をしてもらい、それについて医師やテラピストと一緒に心のバランスを取り戻していく方法です。
  2. 家族療法
    PTSDは患者自身のみならず家族に影響しますので、認知療法的に家族で話し合い、支えあいながら問題を解決していく方法です。
  3. 薬物療法
    PTSDに二次的にうつ病や不安神経症が加わってきた時には抗鬱薬や抗不安薬を投与しますが、これらの薬はPTSDそのものを治療するのではなく、症状改善に役立てるものです。
  4. EMDR療法
    米国の女性心理学者フランシーン・シャピロによって開発された方法です(21)。認知療法に組み入れて、両眼を動かしたり、左右の手を叩いたり、両手で音を出したりしてリズミックな運動をさせることで、トラウマによって生じた脳内の記憶情報プロセスを解凍させることが出来るという考えです(22)。トラウマによって生じた脳内の情緒的な記憶断片が正常な記憶のプロセスを障害していると考えています。 EMDR療法と薬物療法をどのように組み合わせて行うかは治療する医師によってかなり異なってきます(23,24)。

自分で出来ること

  1. まず大事なことは、自分ひとりで悩まないことです。家族、友人に助けを求め、協力してもらうことです。決して、家族や友人との関係を絶たないことです。
  2. アルコールや薬物を使用しない。
    アルコールや薬物は一時的には慰めになりますが、長期的には返ってPTSDの症状を長引かせることになります。また、アルコール中毒や薬物乱用という二次的な病気をつくってしまいます。
  3. 無力感を克服する。
    PTSDを克服するには内在している無力感から如何に脱するかが要になります。トラウマは無力感と空しさ、気力喪失をもたらします。それを克服するぞ、という強い意志を持つことです。無力感を克服する方法としては、理解し会える友人を積極的に探すこと、他人に自分の症状を打ち明けること、ボランティア活動をしたり、献血や献金などをすることなどを薦めます。

家族や友人としての心得

  1. 忍耐をもって対し理解してあげること
    PTSDの回復には時間が掛かります。家族や友人は辛抱強く聞き耳をもつことが重要です。トラウマのことを何度も話すのを我慢して聞いてあげることです。「過去のことはもう話さないで」などというのは禁句です。過去のことを話すことはPTSDの回復の徴候です。
  2. PTSDの症状のトリガーを予測してそれに備える
    PTSD症状の一般的なトリガーは記念日やトラウマと関連する人間や場所、景色、音、匂いなどです。症状が起こったら静かになるまで見守ってあげることです。
  3. PTSDの症状を個人的に捉えないこと
    PTSDの虚脱状態や怒り、いらいら、興奮、無関心などの症状は家族や友人とは関係ないので、それを個人との関係で捉えないことが重要です。つまり、PTSDの患者の怒りや興奮は家族や友人との関係とは関連ないのです。
  4. 無理に話をさせないこと
    PTSDの患者は自分のトラウマの経験につてはあまり話したがらないものです。敢て、それを話題にすると症状を重くします。無理に心を開かせると逆効果になります。「いつでも傍についていてあげる」、という安心感と信頼感を得ることが重要です。

文献

  1. Guideline Development Panel for the Treatment of PTSD in Adults, American Psychological Association. Summary of the clinical practice guideline for the treatment of posttraumatic stress disorder (PTSD) in adults. Am Psychol. 2019;74:596-607.
  2. Henning JA, Brand B: Implications of the American Psychological Association's posttraumatic stress disorder treatment guideline for trauma education and training. Psychotherapy . 2019;56:422-430.
  3. エドナ・B・フォア編(飛鳥井望監訳): PTSDガイドライン第2版(国際トラウマティック・ストレス学会公認、日本トラウマティック・ストレス学会推薦. 2013、金剛出版
  4. 厚生労働省.みんなのメンタルヘルス総合サイト:PTSD.2019年7月28日アクセス (患者数が今後増えると考えられる)
  5. Giourou E, Skokou M,Andrew SP et al: Complex posttraumatic stress disorder: The need to consolidate a distinct clinical syndrome or to reevaluate features of psychiatric disorders following interpersonal trauma? World J Psychiatry. 2018; 8: 12–19.
  6. Eidhof MB, Djelantik AAAMJ, Klaassens ER et al: Complex Posttraumatic Stress Disorder in Patients Exposed to Emotional Neglect and Traumatic Events: Latent Class Analysis. J Trauma Stress 2019 ;32:23-31
  7. 日本トラウマティック・ストレス学会: PTSD の薬物療法ガイドライン:プライマリケア医のために(PDF)2013 年 9 月 6 日)
  8. Fishbain DA, Pulikal A, Lewis JE, Gao J: Chronic Pain Types Differ in Their Reported Prevalence of Post -Traumatic Stress Disorder (PTSD) and There Is Consistent Evidence That Chronic Pain Is Associated with PTSD: An Evidence-Based Structured Systematic Review. Pain Med. 2017;18:711-735
  9. Spiegel D, Lewis-Fernández R, Lanius R et al: Dissociative disorders in DSM-5. Annu Rev Clin Psychol. 2013;9:299-326.
  10. Schäfer SK, Becker N, King L, Horsch A, Michael T: The relationship between sense of coherence and post-traumatic stress: a meta-analysis. Eur J Psychotraumatol. 2019;10:1562839.
  11. Cloitre M, Shevlin M, Brewin CR et al: The International Trauma Questionnaire: development of a self-report measure of ICD-11 PTSD and complex PTSD. Acta Psychiatr Scand. 2018;138:536-546
  12. Saunders JB. Substance use and addictive disorders in DSM-5 and ICD 10 and the draft ICD 11. Curr Opin Psychiatry. 2017;30:227-237
  13. DiGrande L, Neria Y, Brackbill RM, Pulliam P, Galea S.: Long-term posttraumatic stress symptoms among 3,271 civilian survivors of the September 11, 2001, terrorist attacks on the World Trade Center. Am J Epidemiol. 2011;173:271-81.
  14. Roberge MA, Dupuis G, Marchand A.:Post-traumatic stress disorder following myocardial infarction: prevalence and risk factors. Can J Cardiol. 2010 ;26:e170-5.
  15. Rocha LP, Peterson JC, Meyers B, Boutin-Foster C, Charlson ME, Jayasinghe N, Bruce ML. Incidence of posttraumatic stress disorder (PTSD) after myocardial infarction (MI) and predictors of ptsd symptoms post-MI--a brief report. Int J Psychiatry Med. 2008;38:297-306.
  16. Johannesson KB, Lundin T, Fröjd T, Hultman CM, Michel PO. :Tsunami-exposed tourist survivors: signs of recovery in a 3-year perspective. J Nerv Ment Dis. 2011 ;199:162-9.
  17. Hatanaka M, Matsui Y, Ando K, Inoue K, Fukuoka Y, Koshiro E, Itamura H. Traumatic stress in Japanese broadcast journalists. J Trauma Stress. 2010 ;23:173-7.
  18. Hatanaka M, Matsui Y, Ando K, Inoue K, Fukuoka Y, Koshiro E, Itamura H.:Traumatic stress in Japanese broadcast journalists. J Trauma Stress. 2010 ;23:173-7.
  19. Mealer ML, Shelton A, Berg B, Rothbaum B, Moss M.: Increased prevalence of post-traumatic stress disorder symptoms in critical care nurses.Am J Respir Crit Care Med. 2007;175:693-7.
  20. Armagan E, Engindeniz Z, Devay AO, Erdur B, Ozcakir A.: Frequency of post-traumatic stress disorder among relief force workers after the tsunami in Asia: do rescuers become victims? Prehosp Disaster Med. 2006;21:168-72.
  21. Shapiro F.:Eye movement desensitization: a new treatment for post-traumatic stress disorder. J Behav Ther Exp Psychiatry. 1989;20:211-7.
  22. Shapiro F:EMDR 12 years after its introduction: past and future research. J Clin Psychol. 2002;58:1-22
  23. Sharpless BA, Barber JP.:A Clinician's Guide to PTSD Treatments for Returning Veterans.Prof Psychol Res Pr. 2011;42:8-15.
  24. Rolfsnes ES, Idsoe T.: School-based intervention programs for PTSD symptoms: A review and meta-analysis.J Trauma Stress. 2011;24:155-165

(2019.09.02. 更新)

ページトップへ