特定非営利活動法人 標準医療情報センター

新型コロナウイルス感染症のパンデミックで、日本を含む世界各国で医療提供体制の課題、特に救命救急体制に大きな歪が浮き彫りになっています。米国・英国から課題解決の緊急医療の導入の必要性を提言する。

 新型コロナウイルスのパンデミック(感染爆発)は世界中の医療体制に大きな影響を及ぼしているが、改めて眺めると、国ごとの医療提供体制の違いを浮き彫りにもしている。私は、約40年にわたって英国と米国の医療提供体制の研究を続けてきたが、今回は特に、英国・米国のUrgent Care(以下、UR:緊急医療処置)に重点を置いて調査し、日本の一般開業医との違いを考察した。実際に患者と向き合い、医療的処置を必要とする現場であるからだ。

状況分析: 米国・英国のUR体制

米国のUR体制

 そもそも「UR」自体、米国で生まれた考え方である。1970年代初頭に米国の救急専門医が始めた治療スタイルで、当時、救命救急室では、当該医療者の許容能力以上の患者が運び込まれていた。しかも、重篤ですぐにでも即自的な処置が求められる患者と、必ずしも救急治療が必要ではない患者が混然一体としている状態だったのだ。そうしたなか、事前予約なし外来治療(ambulatory care)の一種として、高所得者や民間医療保険会社が集中する都市部を中心に、病院に附属しない緊急医療クリニックが誕生するようになった。2014年には、病院チェーン組織に属するURを含めると、全米で1万カ所以上にのぼっている。

英国のUrgent Care体制

 Urgent Careセンターが2000年代に230カ所開設された。ウォークイン(事前予約なし)の診療体制である。その経過は順風満帆とはいえず、10年から14年までの5年間で51カ所、17年までにさらに95カ所が閉鎖された。その間、改良型のUrgent Careセンターが開設されたが(09年)、17年には閉鎖されている。理由としては、患者・家族が同センターを予約やトリアージの過程がないことなどから利便性を感じて乱用したこと、NHS(National Health Service)当局も、適切な広報を欠いていたことなどが挙げられている。17年以降、改革も進んでいる。地域のGP(一般開業医に相当)が提携し、GPの外科医が中心となり、深夜・週末の応急処置を担当したり、NHS信託病院のA&E(救命救急)部門として応急処置部門を運営したりといった形態が生まれた。

 英国のUrgent Careセンターは病院の附属機能や単独など運営形態はさまざまだが、20年秋に再統合・整理し、Urgent Treatment Centreと、一般診療サービス施設の2つに分類される予定だ。前者は、GPが主導して毎日12時間、土日、銀行閉鎖日の休日も運営されるという。

日本の体制

米英のようなUR体制に該当する仕組みは確立されていないと見るべきだろう。急性期病院において総合診療科が設けられているところもあり、「総合診療医」と呼称する医師が常駐していることもある。しかし、英国の救命救急部門に併設されている応急処置センターとは大きな差異があると言わざるを得ない。というのは、日本の「総合診療医」は、一般の開業医や診療医の別称だったり、それに類する診療に従事する医師を指したりすることが多く、英米のような、応急処置に従事する例はほとんどないからである。

問題分析: 利便性につられて患者が押しかける

米国におけるUrgent Care(応急処置)とED(救命救急)の費用比較

 救命救急の需要は増加傾向にある。これは、新型コロナパンデミック発生前から見られる現象で、救急車で搬送される患者は看護師が一次トリアージを行うのが一般的なスタイルである。さらに、患者・家族がウォークインでおしかけている。しかも、ウォークインの82%がUrgentCare施設で対応できるとされている。さらに、診療・治療費用を比較すると、1回当たりの費用は表のようになる。このことも、患者が押しかける一因と言えよう。英米国のUR(応急処置)とED(Emergency Department:救命救急)費用比較は約6分の1程度との研究もある。英国も同程度の費用比較と推察される。トリアージ段階で生命を脅かす恐れのある症状で救命救急に搬送すべき症状としては、以下のものが挙がっている。

  • 胸の痛み・心臓発作
  • コントロール不可の嘔吐
  • 深刻なやけど
  • 激痛
  • 精神状態の変化または混乱
  • 脳卒中
  • 大けがまたはトラウマ
  • 骨折
  • 発作
  • 頭部のケガ

一方、ただちに生命に危険を及ぼさない症状として、Urgent Careで対応すべき症状としては以下のものがある。

  • 風邪/インフルエンザ
  • 目と耳の異状
  • 切り傷
  • 捻挫
  • 呼吸器疾患
  • 副鼻腔炎
  • 尿路感染
  • その他の一般的な病気や疾患
  • その他(画像診断およびラボテスト〈診療医からオーダー された場合〉、予防接種、産業医診療、スポーツ医学サービス

提言: 日本でも制度化を図るべきである

 日本においてもURの早急な導入、制度化を提言する。国民医療費の観点から見て効果的である点は、前述した米国の例を見れば明らかであり、救急医療機関の負担軽減に寄与することも期待できる。ゲリラ的に医師が英米には存在しない救急専門クリニックを開業し、病院の診療体制が手薄になる休日や夜間帯をカバーし、軽症者は自院で対応し、重症の場合は専門医につなぐといった例も出ている。新型コロナ禍でもかなり重要な役割を果たしたという。これを、個人の努力に基づく一過性の取り組みで終わらせるのではなく、ぜひ、緊急医療を制度化していただきたいと考える。

(病院専門誌「PHASE3」2020年9月号より引用・転載)

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