日本における臓器移植の現況│特定非営利活動法人 標準医療情報センター

猪股 裕紀洋先生(現熊本労災病院病院長・熊本大学小児外科・移植外科教授、元熊本大学病院病院長)は、小児外科と肝臓移植の道を歩んできた日本の移植医療の先導者のひとりです。日本では、1990年代には脳死移植が容認されず、生体移植を中心に移植医療が進んできました。猪股先生は生体移植の始まった頃からこれに取り組み、その後脳死移植の開発と発展に一貫して尽力された移植医です。幾多の苦難を乗り越えてきた移植医療の新しい潮流について述べていただきます。

株式会社田中医療創造研究所 代表取締役 田中紘一(NPO標準医療情報センター理事)

1. はじめに

臓器移植は、臓器の末期不全状態での機能置換を目的として施行される医療であり、高難度の手術と術後の免疫抑制を必要とする特殊な医療である。日本では、1956年に新潟大学で初めて生体腎移植が行われ、1960年代以降、世界同様、有効な免疫抑制剤による拒絶反応抑制の進歩とともに種々の臓器移植が開始された。ただ、1968年のいわゆる「和田移植」により、死体からの臓器提供を要する臓器移植は長らく国民の共感が得られないまま推移し、この間に、生体からの提供が可能な、腎臓、肝臓、肺、膵臓、小腸などで生体臓器移植が開始され広がりを見せた。1997年の臓器移植法成立施行に伴い、ようやく諸外国と並んでの法的裏付けをもった脳死体からの臓器提供・移植が可能となったが、厳密な法律のしばりもあり、提供が少ない時期が続いた。2010年にようやく臓器移植法が改正され、それまで書面(いわゆるドナーカード)によるドナー自身の生前意志確認が必要であったものが、この改正以降、ドナーカードがない場合でもご遺族の了解があれば提供できるようになった。また、15才未満は生前意志確認不能として提供ができなかったが、これ以後ご家族の了解があれば提供できるようになり、制度的には欧米とも比肩できる体制が整えられた。日本移植学会では、引き続き、啓発活動に力を入れるとともに、移植実施施設の負担軽減のために、摘出時の互助制度を検討するなど、国やネットワークとともに、持続性も考慮した革新を進めている。

2. 死体臓器移植について

(1) 国内の臓器提供

図1に示す如く、1999年に法に基づく初の脳死下臓器提供があり、2010年の法律改正以降はこれが増加傾向を示し、2019年には、年間97例と最多を記録した。一方、献腎移植と呼ばれた腎移植対象の心停止下臓器提供は、法改正後は減少の一途をたどり、結果的には、脳死と心停止を合わせた死体臓器提供は年間100-120例前後で、法改正前後でも大きな変化をみせていない。なお、2020年は、臓器提供は大きく減少している。これはもちろん新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による影響で、2021年も同様傾向が続くと思われる。

臓器提供件数の年次推移(日本臓器移植ネットワーク)

(2) 各臓器の移植数(表1,図2)

移植実施施設は、臓器ごとに、学会の施設基準などを遵守する形で診療報酬上でも限定されており、日本移植学会や日本臓器移植ネットワークのホームページで知ることができる。表1は、死体臓器提供がこれまでで最も多く、かつCOVID-19の影響も受けていない2019年における各臓器の移植数をドナー種別に示し、また前年2018年との比較を示している。

日本における2019年の各臓器の脳死下移植、心停止下移植ならびに生体移植数

図2は、同年での月ごとの症例数である。腎移植が最多で、77%を占める。ドナー種別では心臓死からが減少し、脳死と生体ドナーが増加している。二つあるうちの一つを提供いただく生体腎移植は、我が国での死体腎提供の少なさを補う形で推移している。次に多いのは肝移植で、国内では心臓死からの提供は行われず、脳死体と生体のみからの提供である。肝臓は最近減少傾向にあり、また脳死体からの提供が増え、生体はやや減少傾向にある。肺移植では、生体移植が少数行われているが、脳死移植が増加傾向にある。肺の一部の摘出は永続的な肺機能の減弱につながりうるため、生体からの提供のハードルは高い。心肺同時移植の登録も可能で、2019年までに国内で3例の実績がある。心臓移植は、脳死体からしかできない移植であり、脳死臓器提供数の増加に伴い増加している。膵移植は、I型糖尿病に対する内分泌臓器としての膵臓を移植する治療である。生体ドナーからも可能であるが、一部切除後の糖尿病発症リスクなどもあり2014年以降生体移植はない。膵臓は、単独で移植されるより、合併腎症の治療を兼ねて膵腎同時移植として行われることが多く、2000年から2019年までに行われた脳死下膵移植407例中、膵腎同時341例、腎移植後48例、膵単独は18例であった。なお、心停止後でも膵臓移植は不可能ではなく、これまで3例が施行されている。死体からの摘出膵臓を処理して膵島細胞を分離し、これを門脈に輸注する膵島移植も、組織移植の一種として臨床で用いられており、まだ症例数は限られているが2020年からは一部施設で保険適応ともなっている。小腸移植は脳死臓器提供をうけて行われるが、待機症例が少なく、また年間症例数も限られている。待機が少ないのは、我が国における腸管不全の管理技術の進歩に加え、なお移植の長期予後が満足いくものでないことが理由であろう。肝不全合併例には肝小腸同時移植の道も開かれている。

国内の死体移植件数

(3) 各臓器の死体移植待機期間(表2)

各臓器移植では死体臓器の提供優先順位が定められており、待機者毎に待機期間は大きく異なる。また、臓器によっては不全状態での代替治療がないために待機中に亡くなることもあり、移植例の平均待機期間が短いからといって、皆短期に死体移植を受けられているわけではない。小腸では、概ね待機者が10人未満であり、待機には、よりマッチする臓器を待つという意味合いが大きい。

各臓器の死体移植における、移植実施までの平均待機期間

(4) 各死体臓器移植の成績

各臓器の移植後成績を、日本臓器移植ネットワークの資料から概説する。なお、肝臓については後述する。

(i) 心臓移植

渡航移植の代表格であった心臓移植は、国内実施例数が増加し、かつ、国際的な比較でも極めて良好な移植成績である(図3)。小児心臓移植も、小児ドナー出現とともに少しずつ増加し、2019年8月までの50名中48名が存命で、10年生存率は96.9%と極めて良い。

心臓移植後の累積生存率
(ii) 腎移植

生体腎移植(図4)、脳死を含めた献腎移植(図5)とも、移植実施年代ごとに、生着率は改善している。なお、腎移植は、透析という代替治療があり、仮に移植腎機能の廃絶後でも透析への復帰がありうる。献腎移植の成績は生体腎にやや劣るが、最近は、脳死移植としての献腎移植が多く、虚血時間の短縮などから、従来の心停止ドナーからの献腎に比して成績は良好と考えられる。

腎移植 移植年代別生着率11(生体腎)
腎移植 移植年代別生着率(献腎)
(iii) 膵移植

膵グラフトの生着率は年々少し低下し、10年で67.4%、また膵腎同時移植した場合の腎グラフトの生着率は10年で78.2%となっている(図6)。

膵臓移植での患者生存率 膵グラフトの生着率、膵腎同時移植後の腎グラフト生着率
(iv) 肺移植

肺移植の患者生存率は、他の臓器に比べるとやや悪く、10年で約60%であるが、生体と脳死での差はほとんどない(図7)。

肺移植生存率
(v) 小腸移植

小腸移植は長期生存率も生着率も高くない。移植時期が、経静脈栄養などの手段が尽きかけてからであることが想定され、また拒絶反応の制御も他臓器より難しく、生着率の悪さがそのまま生存率に反映されている状況である(図8)。1年など短期生着率は他臓器と遜色なく改善しており、なお長期成績の改善が課題である。

小腸移植の生存率、生着率

3. 肝臓移植について

肝移植は、欧米では心臓などともに脳死移植として1980年代以降発展し、一般医療化している。日本では、脳死移植法制化の停滞を背景に、生体肝移植という形で1989年から開始された。当初は小児を対象としていたが、ドナー不足を背景に成人にも拡大されて現在に至っている。脳死肝移植の代替という面もあったが、ドナーの安全生に最大限の注意をしながら適応範囲の拡大にも努め、それ自体が一つの治療方法として確立しており、特に社会基盤が脆弱な開発途上国では脳死移植より導入が早く、世界的にも肝移植の方法として日本に学びつつ導入発展させた国も多い。脳死肝移植は1999年に初例が行われたが、法改正までは年間全国で10例未満であった。法改正後脳死移植件数は増加しているが、生体と脳死を合わせた数は減少傾向にあり、C型肝炎ウイルス治療薬などの恩恵で末期肝不全患者が減少していることによると思われる(図9)。

日本における肝移植の症例数

しかし、なお、脳死移植待機患者の約3分の1は待機中に死亡しており、決して移植需要が満たされているわけではない。米国(人口2倍)の年間8000に対しわずか395例の肝移植であり、かつ78%は生体ドナーによるという特殊性からも脳死ドナーの少なさが顕著である(図10)。

米国と日本の肝移植症例数、ドナー源の差

脳死肝は、status 1といわれる劇症肝不全のような緊急状態での患者にまず割り当てられ、いで、status II、すなわち慢性の肝疾患で肝不全状態のより悪い患者に順に当てられる、という仕組みになっている。慢性肝不全の程度は、MELDスコアというもので表され、例外的な病態を除き、MELD16点で登録が可能となる。当然、status Iで肝臓があたる可能性は相対的に高いが、それだけ重篤で、待機中死亡者も少なくない。
生体肝移植は、2021年現在、すでに累積1万例を超えている。2003年にドナー死亡例が1例あったが、それ以降は一例もなく経過している。国内では、ドナーは血縁者や配偶者の範囲に限られ、提供意志確認などの倫理的対応は、学会指針にも則り各施設で慎重に実行されている。
肝移植後生存率は比較的良好であり、また、成人より小児で高いことが示されている(図11、12)。また、脳死肝移植と生体肝移植の生存率に大きな差はない(図13)。生体肝移植特有である、小さい肝臓でも成績を保つ工夫、ドナー対象者が親族内に限られる中での血液型不適合の克服など、種々の工夫の積み重ねで現在の良好な成績が維持されている。

生体肝移植の移植後生存率
脳死肝移植の移植後生存率
生体肝移植と脳死肝移植の移植後生存率

4. 日本の移植医療の課題

人口100万あたりの臓器提供者数

やはり死体臓器提供の少なさが課題である(図14)。脳死臓器提供の時だけ「脳死」を人の死とするが、法改正後も「心臓死」がなお一般的な死の定義であり、国民の臓器提供や死の捉え方が大きく変わるには至っていない。イスタンブール宣言にも影響され、日本の移植推進は、「救える命を国内でもっと救おう」という指針で進んできた。レシピエントを基にした考え方である。しかし、今、亡くなり方のひとつの選択肢提示、という概念に変わりつつあるように感じる。死して「活きる」ということがどういう意味を持つかを広く理解していただく努力を、コンセンサスを得ながら社会全体ですすめる方向があっていいと思われる。
厚労省の臓器移植委員会では、法改正後10年の節目に、短期的には、脳死とされる状態での、提供のための他院への転院、ドナー候補での虐待否定要件の緩和、地域的な提供病院間連携、など提供増加対策も検討しつつ、長期的には、初等中等教育での「命の教育」を通した意識改革も念頭に議論が続く。人は誰でも亡くなるが、その後、自分の体の一部が元気で移植された方のなかで生き続けるという夢をみることも、生きる希望の一つにならないだろうか。


(2021.12.13公開)

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