インターネット企業グーグルが「電子カルテ形式の標準化」技術の特許を取得したとの報道が世界を駆けめぐり、衝撃を与えている。先行してこれに取り組んでいた英米では「早晩の導入は避けられない」との見方が支配的で、そのための法整備が大きな課題になりつつある。
はじめに: カルテをAIで標準化し、診療予測をモデル化
世界最大のIT企業4社「GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の一角を占めるグーグルが、電子カルテ形式の標準化に着手する」というニュースが現在、話題になっている。
日経産業新聞10月26日付は「カルテ形式AIで標準化」との見出しでレポートした。まとめると、グーグルが最近、AI関連の特許を取得しており、そのタイトルは「Processing Clinical Notes Using Recurrent Neural Networks(再発性神経ネットワークまたは再帰性神経ネットワークを使用したカルテ処理)」というもので、患者カルテからデータを取り込んで機械学習によって解析し、患者の診断や将来の健康リスクを示す所見を提供するという。
さっそく、ハワイ大学大学院時代の40年来の友人、イギリスのプライマリケアの研究者で20年来のつき合いである友人と連絡を取り合い、この件について情報交換を行った。その概要をお伝えする。
状況分析: グーグルに対する米国政府の包囲網
今回のグーグルの特許取得の一報を受けてまず頭に浮かんだのは、同社が米国のさまざまな州で直面している独占禁止法違反訴訟のことだった。2020年10月に米司法省と11の州が同社を独禁法違反で提訴している。
問題視されたのは、グーグルがブラウザーや携帯電話などのメーカー側に、毎年数千億円を支払って自社のアプリケーションをデフォルトオプションとしてインストールさせていることだ。これによって、パソコンや携帯電話でインターネット検索をしようとした人をグーグルの検索サイトに誘導する仕組みをつくってしまい、オンライン広告や関連市場を独占してしているという。一般的な検索エンジンの競合他社は、重要な流通製品として認知してもらう機会を得ることができず、グーグルに対抗する機会もない状況なのだ。
課題分析: AIを用いた音声支援アプリに注目
とはいえ、グーグルの問題提起は看過できるものではない。グーグルの系列会社「グーグルヘルス」の研究者らが発表した調査によると、「医師、看護師、薬剤師は、彼らの意図に反して、入院患者の2%に関して重大かつ予防可能な医療事故、医療関連の重大な危害、または永久的障害や死亡につながる医療事故を経験している」という。今回の特許技術を生かした「カルテの標準化」を進めることで、大きく貢献できるとしている。
実際、医療過誤防止の取り組みにすでに着手しているという。10万人の入院患者に適用された約300万例の投薬指示について、疫学調査を実施している。その際に用いた電子健康記録データは日付、名前、住所、記録番号、医師の名前等を、HIPPA(Health Insurance Portability and Accountability Act of 1996)という法律が定めたプライバシーとセキュリティー規定に則って匿名化したうえで用いられている。このときに活用されたデータは「FHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)のフォーマットに基づいて処理されている。これは、国際HL7協会(Health Level Seven International)が作成した、医療情報の共有を目的とした標準仕様である。つまり、公開されているデータを法律に則って、汎用性の高いフォーマットに基づいて運用しているわけだ。
また、カルテ記載内容の標準化に向けた環境整備も進んでいる。その一つとして注目されているのが、医師向け音声アシスタントアプリ「SUKI」だ。これを開発したSUKI AI社は17年創業のベンチャー企業だが、4000万ドルの資金を調達するなど、各方面から注目されている。口述転換ソフトは先進諸国の医療現場に出回っているが、これが特徴的なのは、AIが機械学習を絶えず行い精度を増している点。医師たちが患者とのコミュニケーションに専念できるのはもちろん、使えば使うほど精度を増す点も注目される理由の一つだ。
グーグルとSUKI AIは「プロジェクトナイチンゲール」で連携することも報道されているが、一方で、AIがHIPPAに直接法的に拘束されない点も問題視されている。
まとめ: 日本が取り組むべきこと
今回情報交換した英米の関係者は「好むと好まざるとにかかわらず、早晩、導入されるだろう」との見立てを示した。また、ある家庭医は「この仕組みで得た患者の診療結果を単に患者に伝えるだけでは、医師と患者の信頼関係は構築できない。患者の性格や家庭事情を考慮し、医師をリーダーとするチームでの治療計画の選択肢を示しつつ、患者さん(家族を含め)と話し合うための事前計画も必須だ」と述べていた。日本としても同様の姿勢が求められると考えるべきで、その際には、以下の点について留意する必要がある。
- 健康保険制度のもとで、全国的に導入すること
- 導入後の診断・治療の結果および本特許が予測する疾病の精度を測定、ズレの原因推定等の枠組みも必須
- 厳重な患者情報の管理システムの採用(会計検査院のような独立性組織で費用対医療結果〈診断および治療、医療過誤、患者満足度等〉を常にモニターし、結果も公表する)
- 患者、医療者の個人情報保護と定期的な監査と公表
英米の先行例と課題を分析しながら、後発組としての利点を今後に活かしていただきたいと思う。
(病院専門誌「PHASE3」2021年1月号より引用・転載)