TECS(Technology Enabled Care Services:デジタル技術が可能にした医療サービス)の第二段階の技術革新であるNo-Code Programmingはアナログ技術とデジタル技術の融合で同時に展開される考え方である。米国が先頭で発展し、英語の強みを享受している英国が医療面では、独自展開を開始し、追尾している。我が国は、今スタート地点に立ち、全力で追いつく努力を正に開始する段階に立っていると云える。
「No-Code Programming」が注目されている
欧米諸国や日本などを中心に、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(感染爆発)を背景に、遠隔業務、在宅勤務(リモートワーク)が急速に進展しており、今後の働き方の主流になると思われるほどの勢いで広がっている。ただ、これを支えるソフトウェアの開発も急務となっている。ITエンジニアの需要が高まり、今やその人材の確保が企業業績に影響するとの見方さえ出ている。
もう一つの開発の方向性として、そもそも、IT知識がそれほど備わっていないスタッフでもソフトウェアを開発できるという枠組みの構築も進みつつある。「No-Code Programming」「Low Code Programming」がそれだ。端的に言えば「プログラミングの知識がまったく、あるいはほとんどなくても、存在するツールを組み合わせて一つのサービスをつくることができる」というものだ。「No-Code」がプログラムコードを一切書かずにサービスをつくる、「Low Code」がプログラムコードを少しだけ書いてサービスをつくる──と理解していいだろう。
もちろん、「No-Code Programming」のもととなる枠組みの構築は専門家が必要になるので、その人材の争奪戦は、国際的な規模で繰り広げられている。インド系、イスラエル系の人材がとりわけ注目されているようだが、わが国においても、そうした人材の獲得・育成は国家的課題と言える。
課題分析: 現場起点のデジタル化が必須に
医療界も、この流れと無縁ではない。それどころか、すでに医療提供とデジタル化は切っても切れない関係にあり、「プログラムありき」ではない、現場起点の発想が求められている。
- 米国=DRG/PPS(診断群別定額支払方式)を採用し、現在、ICD(WHOの国際疾病分類)─10─CMを用いている。
- 日本=DPC/PDPS(診断群分類別包括支払い方式)に基づいて入院1日当たりの定額支払いを導入している。
- 英国=DPC─10を採用し、イギリス独自のコード方式(OPCS-4)を採用している。
3国に共通することは、いずれも診断、治療にかかわるコード分類業務が複雑化し、さらに誤差が定常的に発生し、ひいては、支払い側と診療側との間の確認作業も膨大になり、時間的な遅れや修正コストが看過できないレベルになっていることだ。医療サービスの提供者は医師、看護師をはじめさまざまな職種にわたり、そうした関係者間の情報共有はますます重要になるが、それを支える仕組みが構築されているとは言いがたく、一方で、共有すべき情報は医療情報に限らず、患者の生活情報や価値観などますます増えている。このためのシステムを専門家がいちいちプログラミングしていては、現場の需要にとうてい追いつかないだろう。
解決の方向性:「No-Code Programming」の導入がもたらす効用
そこで注目されるのが「No-Code Programming」の導入だ。ITやAIの知識がなくても、医療現場で求められる要件を明確に表現できれば、先述した、誤差の発生や修正の問題は大いにデジタル化できるわけである。実際、新型コロナ禍で、英国では導入する例が見られる。ロンドン市内のNHS基幹病院、ガーイス&セント・トーマス病院の麻酔科医が、イギリス全土の新型コロナ感染に関するさまざまなデータを集めて分析し、医療処置を検討した際に「No-Code Programming」を活用したという。
日本でも、すでに一般産業界ではその潮流が見られる。経済産業省で「デジタルトランスフォーメーション(DX)研究会」が設置され、DX推進指標が策定されている。そこで取り沙汰されているのが「2025年の崖問題」である。
同研究会のレポートによれば、日本で稼働しているシステムの6割以上が、すでに21年以上稼働している老朽システムであり、それらによる経済損失は18年時点ですでに年4兆円に達し、25年には老朽システムに起因するトラブルのリスクが3倍になると仮定している。これを回避すべく、「3段階デジタル改革」を提言している。本稿ではその詳細は割愛するが、一つだけ強調しておきたいのは、「DX推進指標」で高い点を取ることを目的とせず、指標によって関係者が自らの企業の現状や課題を適切に認識・共有することを目的としている点を、同研究会が謳っている点だ。つまり、単にデジタル化すればいいのではなく、当事者が「使える」ことが重要なのだ。そうした現場起点のデジタル化の手段として、「No-Code Programming」が大いに注目されている。
実際、この技術の導入効果として、米国の民間医療機関では、次のようなメリットが予測できるとしている。
- 患者データの収集・保存・取り出しが容易になり、患者の診療・治療の結果が著しく改善する
- 患者・家族を含めた一般市民が身体に装着する電子健康記録装置からデータを医療サービス提供者に常時送信することで、患者データのより詳細かつリアルタイムでの共有が可能になり、最適な治療法や健康法の選択・提案が可能になる
- KPI(重要業績評価指標)の設定と追跡および分析が容易になる
日本では、菅義偉内閣の発足と合わせて「デジタル庁」の創設が発表された。同庁の取り組むテーマとして医療・健康分野は当然、浮上するものと思われる。少子・高齢化の進展から、医療のより一層の効率化が求められるだけに、それを実現するDX、そしてそれを支える「No-CodeProgramming」の動向に着目すべきだろう。
(病院専門誌「PHASE3」2020年11月号より引用・転載)