これまで「がん」発症臓器や組織型に基づいて診断分類された後、その分類に従って治療方法の選択がなされてきました。
近年、がんは様々な遺伝子の異常が積み重なることで発症する「遺伝子病」であることが明らかになりました。その遺伝子の異常はヒトそれぞれ異なっていることもわかりました。
「遺伝子の異常を検索」しその異常を標的とした個別医療を行う「プレシジョンメディシン(精密医療)が導入されるようになりました。
2019年4月1日の新元号が発表された日に「がんゲノム医療」が動き始めました。保険収載され本格的な「テーラーメイド型医療」が始まりました。
中核となるのが「がん遺伝子パネル検査」です。
がん細胞の特徴に合う薬を選ぶオーダーメイド型医療の普及につなげることを目標にしています。
がんは遺伝子の異常な働きが原因で起こり、異常遺伝子のタイプの違いで薬の効き目が変わります。検査はがん細胞の遺伝子100種類以上を一度に調べ、どの遺伝子に変異が起きているかを解析して患者個々のがん細胞の特徴に合った、治療効果が見込まれる薬を選ぶことを可能にします。
がんは様々な遺伝子の異常が積み重なることで発症し、仮に発症臓器が同じでもその遺伝子の異常は患者ごとに異なることが判ってきました。その遺伝子の異常の中にはがん細胞の生存に必要な遺伝子が存在することが知られ、一部の遺伝子検査ではなく網羅的がん遺伝子解析が必要になってきたのです。
保険収載されたのは、国立がん研究センターとシスメックスが開発した「NCCオンコ パネル」と、中外製薬が扱う「ファウンデーションワンCDx」の二つの検査システムです。
厚労省が認めた全国11カ所の中核拠点病院と、連携する135の医療機関で検査ができますが、一定の条件があります。
対象は、固形がんで再発や進行により標準的な治療が受けられない患者、小児がんや希少がんなどの患者に限られ、年間数パーセントの患者が対象になるとされています。検査をすることで、治療法がないとされてきた患者に合う薬が見つかる可能性があるのです。ただ、その薬が承認されていなかったり、開発されていなかったりするため、遺伝子異常に合った薬を使って治療できるのは10—20%とされています。
今回保険収載されていないものについても、大学やがんセンターを中心とした検査研究は進んでいます。保険対象外ではありますが、条件によって検査は可能なのです(表1)。
検査名称 | 費用例 | 解析遺伝子数 | 実施医療機関など | 参考企業・特徴 |
---|---|---|---|---|
東大オンコパネル | 90万円 | 927 | 東大学付属病院など | 理研ジェネシス、テンクー | MNKインパクト | 60万円 | 486 | 順天堂大学病院など | テーラーメード、米国承認 |
プレシジョン検査 | 77万円 | 160 | 慶応大学病院など | 三菱スペースソフトウエア・ジェネティクラボ |
プレシジョンラピ | 無料 | 160 | 慶応大学病院 | 大学研究費で賄う、データを研究に活用 |
オンコプライム | 90万円 | 224 | 京都大学病院など | 三井情報 |
ガーダント360 | 40万円 | 73 | 四国がんセンター | ソフトバンク出資の米国ガーダントヘルス |
九がんゲノム医療system | 20万円 | 50 | 九州がんセンター | タカラバイオ、米国サーモフィッシャー |
P5がんゲノムレポート | 50万円 | 52 | 岡山大学など | ソニー系のP5 |
オンコマイン | 20万円 | 46 | 大阪大病院など | タカラバイオ、米国サーモフィッシャー、米承認 |
近大クリニカルシーケンス | 無料 | 130 | 近畿大病院 | 大学研究費で賄う |
更に最新の研究では、血液1滴で13がん種を同時診断する日本発miRNA測定技術が発表されました。
血液中に含まれるマイクロRNA(miRNA)をマーカーとして、13種類のがんを同時診断する検査システムの研究が、落谷 孝広氏(国立がん研究センター研究所分子細胞治療研究分野)をリーダーとして進められ、エクソソーム(*1)に内包したmiRNAによるリキッドバイオプシーが実用化されようとしています。
miRNAのctDNAとの違いは、より早期のがん発見につながることです。
リキッドバイオプシーの解析対象は、血中循環腫瘍DNA(ctDNA)が知られています。ctDNAなどの従来の腫瘍マーカーが、がん細胞のアポトーシスに伴って血液中で検出されることと比較し、miRNAはがん細胞の発生初期から血液中を循環するためより早期の診断が可能になります。
miRNAはエクソソームに内包されており、エクソソームは分泌元となる細胞の特徴を反映することから、がん以外の疾患のマーカーとしても活用が期待されます。エクソソームは臓器間コミュニケーションツールとしてその働きが解り、認知症と脳卒中で有望な結果が出ています。認知症では、アルツハイマー病、血管性認知症、レビー小体認知症を高感度で判別した報告があります。
(*1)エクソソームやそのほかの細胞外小胞に内包されるmicroRNAのサブセットが、これらを分泌する腫瘍細胞種によって異なることが明らかになっています。そのためエクソソーム由来のRNAは、がんを含む様々な疾患のバイオマーカーとして注目されています。
また、体液または細胞培養液中に存在するRNAとして、遊離循環RNA(fc-RNA:free-circulating RNA)も知られています。

解析結果は主治医に加えて、病理医、薬物療法専門医、検査技師、バイオインフォマティシャンなどゲノム医療の専門家のカンファレンスボードで議論され、その後に治療方法などが決定する態勢です。
一方で「ゲノム医療」の問題点は、仮に遺伝子検査で標的となる遺伝子が見つかったとしても、現行の保険医療制度では発症臓器ごとに治療薬剤が決められているために、遺伝子異常に基づく薬物治療を実際に施行できる機会が限られているということです。行政・医療機関・研究機関の対策が求められます。
■参考
- 1)Shimomura A, et al. Cancer Sci. 2016; 107: 326-334.
- 2)Yokoi A, et al. Nat Commun. 2018; 9:4319.
- 3)Usuba W, et al. Cancer Sci. 2019; 110: 408-419.
- 4)国立長寿医療研究センタープレスリリース(ケアネット 遊佐 なつみ)
(2019.5.6公開)