特定非営利活動法人 標準医療情報センター

1.はじめに

欧米諸国での臓器移植は、2013年現在でも脳死下での臓器提供(donation after brain death:DBD)が中心となっています。しかし、慢性的なドナー不足の対策として、1990年代から心停止後臓器提供(donation after cardiac death:DCD)についての関心が持たれるようになり、2000年代に入って以降、このDCDがオランダや英国などで普及しつつあります。一方、わが国におけるDCDは1967年に行われた腎移植を嚆矢として、この分野ではすでに臨床的にも確立されています。しかし、わが国で行われているDCDは海外で実施されている移植とはその過程においてかなり趣が異なりますので、ここでは、ヨーロッパを中心に行われているDCDについて述べたいと思います。

2.心停止後臓器提供(donation after cardiac death:DCD)とは

DCDは、心停止後に行われる臓器提供のことで、回復不可能な脳損傷をきたしている患者が対象となることが多く、2010年の英国では約90%がこれに該当しました1)。延命治療を拒否した本人(生前の意思署名など)または家族の臓器提供意思が明確になされていることが移植にあたっての前提条件になります。
 欧米諸国では、DCDのような臓器調達は、移植黎明期を除いて、1990年代初期までは、稀でした。しかし、その後脳死基準を満たさないまでもほとんど回復の望みがない脳損傷をきたした患者家族から臓器提供の要望が出てきたことやDBDによる移植手術の急増により慢性的臓器不足になったことがDCD出現の背景にあると思われます1)

3.DCDの分類

心停止ドナーは、心停止に至った経緯によって表1のように分類されています。1995年に提唱されたMaastricht classification(マーストリヒト分類:名称はDCDに関する国際会議がオランダのマーストリヒトで開催されたことに由来)2)によって4種類に分類されましたが,2000年にカテゴリーⅤが加えられ 3)、現在に至っています。
 当然のことですが、“controlled”の方が臓器の質としては高いと考えられます。Uncontrolled DCDは、臓器提供の可能性が認められた時点であっても、血流停止による温阻血障害(後述)はすでに始まっています。

表1 修正マーストリヒト分類と実施される主な部署
カテゴリー 内容 DCDのタイプ 実施される部署
I 来院時心停止 uncontrlled 移植センター救急部
II 蘇生不成功 uncontrlled 移植センター救急部
III 予測される心停止 controlled ICU、救急部
IV 脳死ドナーの心停止 controlled ICU、救急部
V ICU患者で予測されていなかった心停止 uncontrlled 移植センターICU

※註 controlled  : 計画した上で実施される生命維持装置からの治療撤退
   uncontrolled : 病院内外における突然の心停止

そして、その臓器提供の可能性の評価、臓器摘出チームへの連絡、そして同意を得るための家族との交渉などを行いながら同時に温阻血の進行を防ぐ方策を講じて行かなければなりません。スペインなど一部の国を除き、移送時間の問題でuncontrlled DCDは基本的に腎のみの摘出に制限されています。

4.温阻血障害とは

通常体温(35~37℃)の状態で阻血(心停止、血流停止)が起こりますと、細胞の代謝に必要な酸素や栄養が補給されないため臓器に損傷を与えることになります。このことを温阻血障害(warm ischemic injury:WII)といい、その程度は阻血時間に比例します。温阻血時間(warm ischemic time:WIT)とは、心停止から死体内冷却開始までの時間を指します。DBDでは、WITはほぼ“0”と考えてよいでしょう。いいかえれば、WITが生じるものをDCDというわけです。

5.DCDの現況

1)日本

日本臓器移植ネットワークのホームページにある「移植に関するデータ」4)によりますと、臓器移植法が制定された1997年以降の移植件数は下記の表のようになっています。2010年の7月から改正臓器移植法が実施されていますが、DBDは増えているものの、DCDが減少し、全体の移植件数(DBD+DCD)にはほとんど変化がありません。
 更に、日本のDCDは欧米のそれと異なり、分類上はマーストリヒト基準に当てはまらないケースも含まれています。すなわち、人工呼吸器を装着していない患者や脳損傷以外の患者など延命治療停止とセットになった移植ではなく、自然に死亡した場合の提供が存在しています。

  97 98 99 00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12
DBD 0 0 4 6 8 6 3 5 9 10 13 13 7 32 44 45
DCD 82 83 85 71 71 59 75 90 82 102 92 96 98 81 68 65
total 82 83 89 77 79 65 78 95 91 112 105 109 105 113 112 110

2)ヨーロッパ、米国

欧米諸国のDBD、DCDドナー数/英国とオーストラリアにおける"controlled DCDの推移(2001-2010)"

欧米・豪州など海外の国々における全ドナー数(deceased donor)を図1Aに示しました1)。全ドナー数に対するDCDの割合は、国家間で異なっています。その背景には、移植に関与する医療従事者の考え方、国民の宗教観などの違いがあると考えられます。また、重症患者の終末期ケアへの基本的な考え方を反映しているのかもしれません。
 人口100万人あたり(per million population:pmp)に換算した全ドナー件数/年を検討した場合、世界で最も多いスペイン(34 pmp)では、DCDは10%にも達していません(しかもすべてuncontrolled DCD)(図1A)。オランダ、英国では、DCDがここ数年増加の一途を辿り、2010年には全提供数の30~40%を占めています(図1A, B)。ドイツ、ポルトガルではDBDのみでDCDは存在しません。ドイツは、脳死判定基準の序文に「脳死によって、自然科学・医学上、人の死が判定される」とあり、法律でもそのように定められている5)ため、数分間の心停止では「脳死」とはみなされません。米国のDCDの割合は2000年代初めで2~4%でしたが、07年に10%、11年に13%と増加傾向にあります6)

註 deceased donors:死亡ドナー即ち、死体からの提供でDBD+DCDで表される。生体ドナー(living donors)と対比される。

6.医療現場でのDCDの実際

1)治療の停止はどのように行うか

臓器移植までの流れ(DBDとDCDの違い) DCDガイドラインにおいて、呼吸循環サポートの停止を行う決定は常に移植と切り離して考えねばならないとされていますが、現実的には臓器摘出チームとの連絡、温阻血に耐性のない臓器(肝、肺)を待つレシピエントの決定などがあり、複雑です1)
 治療停止の方法は、人工呼吸の打ち切りによって行われることが多いようです。治療撤退の場所として救急部・集中治療部と手術室があります。 WITを減少させる意味では手術室が優れていますが、人生終末期の患者ケアという観点では前者が望ましいでしょう。患者の尊厳を確保し、プライバシーについても保証されていなければなりません。また、家族や親しい友人との面会に関して、制限を設けないことも重要です。
 DCDについての実際的な手順とDBDとの違いを図2に示します。


2)終末期ケアと死の宣告

DCDを実施するにあたり、一部の倫理学者、医療者、有識者から懸念の声があがったことも事実です。患者がまだ亡くならないうちに臓器摘出が始められるのではないかということと人生の終末を迎えつつある患者のケアがおざなりにされるのではないかという懸念です。DCDは、循環停止後可能な限り早期に宣告されることが望ましいのですが、“dead donor rule”は保証されなければなりません7) 。また、死の診断にあたっては、最低5分間にわたって昏睡、循環の停止、無呼吸を持続的に観察する必要があります。

  

:「臓器を得るためにドナーが殺されてはならないことを要求する倫理的・法的規則」のこと。

7.移植された臓器の転帰

わが国では、肝、肺、膵のDCDは過去において未だ実施されておらず(2013年6月現在)、腎のみで実施されてきました。腎は温阻血障害に耐性のある臓器であり、5年後の生着率が79%と高いことがその理由として挙げられます。また、米国におけるDBD生着率72%と比較しても良好な成績といえます。ただ、腎移植そのものは、約1,300人に実施されていますが(2009年)、その内80%が生体腎移植です。患者家族の希望とはいえ、健康なドナーにメスを入れるこのような移植手術はイスタンブール宣言においても堅く戒められています。

註:イスタンブール宣言:2008年、国際移植学会が中心となってイスタンブールで開催された国際会議において採択された宣言。臓器売買、移植ツーリズムの禁止、自国での臓器移植の推進や生体ドナーの保護を提言しています。


UNOS(米国臓器配分ネットワーク)の報告では、DCDによる肝移植は年々増加しているとはいえ、2007年においても肝移植全体の5%にすぎません。DCDは3年後のグラフト(移植された臓器)生着率がDBDより低い(63% vs 72%)ことがその理由と考えられます。英国、オランダ、ベルギーではカテゴリーIIIからのDCDが、スペインではカテゴリーⅠから人工心肺を用いて良好な成績を収めています8)。肺に関しては、単一施設(米国UNOS)の報告ですが、2年生存率はDCD(87%)の方が、DBD(69%)よりも良好であるという報告がなされています1)

8.DCDの展望

欧米では、DCD症例の割合が確実に増加していますが、英国、オランダ、ベルギーなど10カ国にすぎず、ヨーロッパ全体の変化とはいえません。ドイツでは法律を改正しない限りDCDの導入はないでしょう。スペイン、ポルトガルなどカトリック教信者が90%以上の国では、宗教上の理由で脳死でない限り、人工呼吸の停止は自殺と考えられているため、増加の可能性は少ないと考えられます。米国は10%台ですが、今後の推移を見守る必要があります。いずれにせよ、“uncontrolled”グループでもドナー基準の適正化(年齢を含めて)を行い、温阻血障害を少なくする臓器灌流法などの技術が向上し、手術成績が改善すれば増加は期待できると推測されます。
 わが国では、2013年6月現在、DCDの対象となる臓器は、腎臓、膵臓、眼球(移植時は角膜のみ)に制限されています。現実に改正臓器移植法が施行されてから3年が経過しようとしていますが、移植された臓器は腎臓のみです。
 先ずは臓器移植希望登録者数1万3千人の内、93%を占める腎不全患者についてのDCDを推進すべきと思われます。すなわち、「腎不全は心停止後でも移植可能」という事実をより多くの国民に知ってもらう必要があるということです。

文 献

  1. Manara AR, Murphy PG, O'Callaghan G . Donation after circulatory death.
    Br J Anaesth  2012; 108 Suppl 1(); i108-21.
  2. Kootsra G, Daemen JH, Oomen AP: Categories of non-heart beating donors. Trans plantation proc. 27: 2893-4,1995.
  3. Sanchez-Fructuoso AI, et al : Renal transplantation from non-heart beating donors: A promising alternative to enlarge the donor pool. J Am Soc Nephrol 11: 350-358, 2000.
  4. 日本臓器移植ネットワーク http://www.jotnw.or.jp/datafile/offer/index.html. 移植に関するデータ.
  5. 武下浩、竹内一夫、加藤浩子 : 脳死判定基準 -とくに小児の脳死について-
    真興交易(株)医書出版部、東京、2009.
  6. UNOS  http://www.unos.org/donation/index.php?topic= data.  National data.
  7. Robertson J. The dead donor rule.  Hastings Cent Rep. 29:6-14,1999.
  8. 曽山明彦、江口 晋、高槻光寿 他:心停止ドナーからの肝移植.肝胆膵63:163-69、2011.
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