がん免疫療法の日本人開発者の小林久隆博士NIH/NCI(米国立衛生研究所・国立がん研究所の主任研究)が京都大学医学部時代に恩師とよんでおられた方が、偶然にも標準医療情報センターの理事の田中紘一先生である事を付記致します。
日本人によって生み出されたがん光免疫療法
近年、がんの光免疫療法が注目を集めている。米国国立衛生研究所(NIH)の下部組織である米国国立がん研究所(NCI)の主任研究員である小林久隆博士が開発したもので、がん細胞表面の突起物だけに結合する抗体を注射し、近赤外線を照射するとがん細胞だけが破壊する──という治療法である。小林博士は、2014年に光免疫療法でNIH長官賞を受賞、17年には同長官個人表彰を受けており、ノーベル賞の有力候補として取りざたされている研究者である。
日本では20年9月、がん光免疫療法が薬事承認され話題となった。標準医療(外科療法、放射線療法、化学療法)の効果が見込めないと判断され、局所再発した頭頚部扁平上皮がんに限ってのものだ。薬剤「アキャルックス」と、光を照射する医療機器の「バイオブレードレーザシステム」を用いるこの光免疫療法はイルミノックス治療と呼ばれ、21年初頭から本格的に治療がスタートしている。
国内の専門病院、大学病院で治療が始まる
楽天の三木谷浩史会長兼社長が光免疫療法の研究に個人資産を投入したことでも話題となった。米国の楽天子会社・楽天メディカルに数百億円を増資して、抗体薬・光感受性物質の抗体薬複合体「アキャルックス」の実用化を推進している。
また、島津製作所は小林博士とともに、がんの光免疫療法に関する計測技術について共同研究を進めている。同社では、光免疫療法で必要となる近赤外線カメラシステムと質量分析装置などの開発を進めており、日本に先行して、海外での展開が見込まれている。
さらに同社は20年、国立がん研究センターと共同研究契約を締結しているが、同センター東病院の次世代外科・内視鏡治療開発センターと同センター先端医療開発センターではそれに先行して、近赤外線カメラシステムと質量分析装置を活用した非臨床試験も開始している。
関西医科大学附属病院は21年4月、光免疫療法センターを開設、毎週水曜日午前に専門外来を開設し、光免疫療法の適用判断や治療の施行、予後の管理を行うという。がん光免疫療法を実施する専門組織、さらに関西医科大学附属光免疫医学研究所を22年4月1日に開設する。
全面的な保険収載に向けた戦略を求める
このように、がん光免疫療法は手術、化学、放射線、免疫の各療法に続く「第5のがん治療法」として注目されているが、極めて限定的ながん疾患(標準治療法がない局所再発された頭頚部扁平上皮がん)にとどまっているという見方も成り立つ。実際、この治療が受けられるのは、国立がん研究センター東病院や広島大学病院など、頭頸部がんの専門医がいて、治療のトレーニングを受けるなどの条件を満たした医療機関に限られている。こうした状況を打開し、保険医療で広く活用できることは、がん疾患に苦しむ患者や家族だけでなく、広く国民の幸福にも寄与すると思われる。
医療政策を長年研究してきた筆者としては、既存のがん3大治療法(外科、放射線、化学)との軋轢を緩和・迂回する戦略的、戦術的配慮が求められると考える。地ならし的政策として考えられるのは、現状の「標準治療法がない局所再発された頭頚部扁平上皮がん」だけでなく、自由診療で認められている舌がん、咽頭がん、皮膚がんなどにも保険診療の対象を広げることが考えられる。これによって、光免疫療法を扱える医師、医療機関数を増やすことで技術レベルの底上げも期待できる。
医療機関支援と国家的戦略の2つの側面
さらに具体的な政策を提言するならば、以下の2つが挙げられる。
【医療機関への措置】
保険診療になれば、従来のがん診療で用いている高額な医療機器を廃棄する医療機関が出てくる可能性がある。その際に不要となった医療機器については、特別な減価償却制度や財務的インセンティブなどの公的支援策を準備し、特別損失の影響を軽減する。
【国家的戦略】
がんの光免疫療法育成を国の成長戦略の柱の一つに位置づけ、他の財政支援策や他国への医療援助策(島津製作所モデルの機器輸出、薬剤のライセンス生産、専門人材の養成等)を戦略的に進める。
小林博士は近著『がんを瞬時に破壊する光免疫療法』(光文社新書)のなかで、保険制度内でがんの光免疫療法が全面的に利用できるようになるには、今後10年程度はかかると指摘しているが、戦略的・戦術的な政策を展開することで時間の短縮を図るべきであろう。公的保険制度の維持・管理にかかわる人々の奮起を求めたい。
(病院専門誌「PHASE3」2021年7月号より引用・転載)