標準医療情報センターの疾患別情報提供はShared Careという英国健康保険制度で2012年に立法化された患者と医療専門家の間でShared Decision Making(SDM)の考えに沿った情報提供であるといえます。
経営上の数値以上に重要なGAFAの成功要因4つ
近年、欧米では巨大IT企業の医療分野への進出がめざましい。本稿ではその現状をレポートする。まとめるにあたっては、筆者のハワイ大学経営大学院時代からの友人で、現在は米国ボストン大学大学院准教授のJ・マルキ氏、英国NHS(国民保健制度)の研究仲間で、TECS(デジタル技術によって可能になった医療サービス)の第一人者であるR・チェンバース氏から助言をいただいている。
世界最大の英文ビジネス誌として知られる『フォーチュン』(6・7月号)で、同誌のクリフトン・リフー編集長がGAFA(グーグル、アマゾン、フェースブック、アップル)の巨大4IT企業についての記事を寄稿している。4社がいずれも、①Empowerment(顧客に権限を与える)、②Treat People well (顧客・従業員への対応を良くする)、③Meet an unmet need(満たされない必要性を満たす)、④Make the worldbetter(世の中を良くする)──の4つを追求している点を強調している。さらに、4社の成功要因を分析する際には、短期的に上げた業績(株価収益率、販売成長率等)や証券会社のアナリストなどが引用する数字の98%は忘れるべきで、むしろ、①〜④を実現する活動にこそ目を向けるべきと論じている。
これから紹介するのは、グーグルの医療サービス分野への取り組みだが、まさに、①〜④追求の実践例と言える。
健康状態から服薬時の注意点まで患者に必要な情報を集約化
GAFA4社のなかでもとりわけ医療サービス分野への進出に力を入れているのがグーグルとアマゾンで、2社の経営トップはITと医療サービス分野の親和性が高いと判断したと言われる。なかでもグーグルは、膨大なデータを駆使して個人の健康増進に役立てようという姿勢がうかがえる。
筆者は長年にわたって医療・健康ビッグデータの活用状況を追ってきたこともあり、世界最先端の企業がこの点に着目したことについては感慨深い。
2006年、グーグルは同社の一部門だったグーグル・ヘルスを個人の健康情報一元化を目的として独立させた。グーグル・ヘルスは健康記録を蓄積する事業も手がけており、同社とパートナー関係にある健康サービスプロバイダーとネットワークをつなぎ、分割されがちな健康情報を「グーグル・ヘルス・プロファイル」として一元管理する。保管される情報は健康状態、医薬品へのアレルギー、検査結果などが含まれている。ユーザーは、統合された健康記録、健康状態に関する情報、薬と体調、アレルギー間の相互作用などについて得ることができる。
医療側の期待度も高いようだ。グーグル・ヘルスは21年2月、医療情報プラットフォームを作成し、生物医学・診療等研究者にAIの機械学習や高度のクラウド情報技術を提供しているFlyweel社と業務提携したのに続き、21年5月には、全米有数の病院チェーンであるHCA Healthcare INC(21州で2000カ所の医療・健康関連施設を展開)と提携し、患者情報を共有して医療ケアサービスを開発することを発表した。診療の効率化、医師の診断の指導・助言を支援するアルゴリズムを開発するという。
独禁法違反の提訴など逆風も見られる
とはいえ、これらの取り組みが「順風満帆」とは決して言えないことも事実だ。
グーグルは20年秋に電子カルテ形式標準化の技術特許を取得したが、米司法省と11の州が独占喜進法違反で提訴している。また、医師向け音声アシスタントアプリ「Suki」は、患者のプライバシーとセキュリティーについて規定したHIPPA(Health Insurance Portability andAccountability Act of 1996)法の適用対象外とされるなど、未解決の課題もある。
アマゾンは18年、バークシャー、JPモルガンと医療サービス開発に向けた協定を結び、3社から従業員を派遣して「Haven」という組織を結成していたが、21年2月に解体した。当初想定していた、各社が従業員のために負担している健康保険コストの削減が未達に終わったことが原因とされている。ただ解体はしたものの、各社それぞれで引き続き医療費用の削減に向けて取り組みを継続することも発表されている。
米国の年間医療サービスコストは約3.5兆ドル(約350兆円)で、この抑制は企業にとってかなり大きな命題になっている。ただ同時に、サービスの質改善も同時に進めるなかで、これを達成する考えも示している。
今回紹介したサービスは、医療者と患者・家族の治療方針についての意思決定、合意形成にも大きな影響を及ぼすとの見方もある。そこで注目されている考え方が「Shared Care」だ。もともとはNHSのコンセプトで、「医療サービスにおける医療専門家と患者・家族の間のパートナーシップの確立」といった意味がある。具体的には、サービスの不必要な重複を避け、医療過誤を防ぎながら、患者に適切なタイミングで適切なケアを保証することをめざしている。
GAFAによる医療サービスへのIT導入は道半ばと言えるが、その成否は、患者の健康状態の改善をはじめ、医療にまつわるさまざまな社会的課題の解決に資するかどうかに拠るとも言えそうだ。冒頭、『フォーチュン』誌のリーフ編集長の挙げた4つの成功要因を紹介したが、この考え方が貫徹されるかどうかも、注視していく必要があるだろう。
(病院専門誌「PHASE3」2021年10月号より引用・転載)