第5世代通信「5G」とAIの実用化が秒読み段階に入っている。医療現場においても、画像診断や手術シミュレーション訓練など、さまざまな用途が想定されている。一方で環境整備、なにより機器の「更新」へのキャッチアップはこれまで以上に病院の負担になることが予想される。森下正之・医療シンクタンクNPO主幹研究員が、そうした「次世代IT医療」の課題と解決策について考察する。
第5世代通信5GとAIがいよいよ実用化へ
第5世代通信「5G」の導入がいよいよ目前に迫っている。5Gの特徴を簡単に挙げると、以下のようになる。
- ▽データ通信の高速・大容量化:1000倍の通信量への対応、10ギガバイト以上の通信速度の達 成
- ▽接続可能端末数の増加:現在の100倍以上の端末接続のサポート
- ▽超低遅延、超高信頼性:1ミリ秒以下の伝送遅延、99.999%の信頼性
- 省電力、低コスト
他のITインフラとして、量子コンピューター(原理は東京工業大学の西森秀稔教授の研究から生まれた)の実用化が挙げられる。実際、カナダのメーカーが2011年に商品化した「D-waveシステム」の実用化が始まっており、AIと組み合わされることによって加速している。こちらも、医療分野で実験的取り組みが始まっていて、めざましい成果を上げつつある。
状況分析: デジタル技術革新がもたらす恩恵
AIによる画像診断支援は5G通信によって相乗効果を得る
5GとAIは、IoT普及にあたっての必須インフラ技術として、20年ごろから本格的に導入が始まると見られる。医療現場も例外ではない。病院内の医療機器と電子カルテの連結はもちろん、施設間の情報ネットワークの整備も進展することは間違いない。それどころか、医療機関と患者の自宅がネットワークで結ばれることも、十分予測される。これによって情報連携はさらに密になり、遠隔医療の拡大も進展するだろう。
こうしたことを背景に、医療ミスの削減、薬剤管理の効率性向上、治療効果・疾病管理の改善なども期待される。
AIを画像診断に利用することで、読影医師の負担を軽減し、かつ、診断精度を向上させる期待があることはすでに広く知られるところである。特にがんの地域中核病院の場合、こうした読影依頼が殺到することが今後さらに予想されるが、AIを上手に活用することで診断の精度・質を高め、治療結果に結びつけることができれば、病院に対する地域住民からの信頼も大いに増すだろう。
そもそも日本は、CT・MRIについては人口対比で世界一の保有台数を誇っている。17年のOECDデータによると、14年の時点で、日本のCT台数は1万4000台で、人口が約2倍のアメリカとほぼ同数である。人口100万人当たりで見ると、日本は107台、アメリカは40台で、先進7カ国(G7)平均では25台となっている。これは、大量の画像データを蓄積できる環境がすでに用意されていることを意味する。「AIを駆動させる燃料はデータである」といわれているが、日本はすでにその環境が整っているのだ。
手術シミュレーション訓練はVRを用いて精度向上の期待
また新技術を背景に、VR(Virtual Reality:仮想現実)という新たな用途の、医療現場における実用化も視野に入ってきた。AR(AugmentedReality:拡張現実)はその1つであり、医療に限らずさまざまな業種で職業訓練に用いられようとしている。
医療分野では、手術のシミュレーション訓練の精度向上に寄与すると期待されている。すでに、株式会社QDレーザは、半導体のレーザー技術を用いて、メガネに取りつけたカメラで撮影した画像を網膜に直接投影するシステムを実用化している。使用者は、ピントを合わせるために筋肉を使う必要がないため疲れにくいという。この「メガネ型端末」を医療分野へ投入することを、販売計画に盛り込んでいる。すでに日本国内で臨床試験を終えており、医療機器として販売承認を得られれば、19年度内の販売開始を予定している。また、欧米諸国でも当局への申請を準備している。
中核的課題分析: AIのブラックボックス化防止と5Gの基地局整備
5Gの発信基地に町中の信号機を活用する
ただし、実用化にあたっては課題もある。
まず、AIの「判断」過程をブラックボックス化しないために、その結論に至る根拠が求められる。「AIの説明責任」は早晩、医療界においても学会などで検討されることになるだろう*。
その手立てとして考えられるのは、深層学習(ディープラーニング)のアルゴリズム(AIなどを動かす計算手順)に関して、複数のアルゴリズムを組み合わせるというものだ。誤認識が起きたときに、その原因の特定もより容易になる。もう1つのアプローチとしては、脳の一部を模したディープ・ニューラル・ネットワーク(間違いやバイアスがあることを前提とするアプローチ)が挙げられており、こちらも現在、研究開発が進んでいる。
もう1つの課題としては、小型基地局の開設が挙げられる。5G通信は20年に実用化される見込みだが、日本政府のIT戦略としては、半径100m程度しか電波が飛ばせないため、小型基地局が多数必要になる。そのため、窒化ガリウム(青色発光ダイオード:LED)の素材を使用し、電力消費を抑える素材を用いた窒化ガリウム基地局の開発に取り組んでいるといわれている。
ここで注目されているのが、「交通信号機」である。日本の交通信号機数は国土37.8万km2に約20万5000台が設置されており、これは、アメリカと比べて、1km2当たりで18倍の台数になる。世界一密度の高い設置状況にある信号機を基地局にすることで、設置のスピードを早くし、かつコストも抑える戦略が検討されている。
*: 日米でデジタル貿易ルール案を両政府の事務レベル協議でAI(人工知能)の機密保護を含めた国際ルールづくりを進めている。国家主導でデータを囲い込む中国に対抗する狙いがある。
課題解決の方向性: デジタル技術革新に共同で対応
デジタル技術進展で浮上する「機器の更新」には施設間共用を
また、機器の「更新」への対応も課題となるだろう。デジタル医療機器は「陳腐化」の速度が早い。このあたりは、筆者が20年間、継続調査・研究してきたイギリス・ケント州ダートフォードの急性期一般病院が取り入れている活用法が、参考になる。同州内の3つの拠点病院では、患者の治療についてそれぞれの得意領域で分担しているのだ。たとえば、ダートフォード病院は前立腺がんの治療について他の2病院と協定を結び、患者を引き受ける仕組みを整えている。こうした体制を整えることで、減価償却期間を実質的に短縮させようというわけだ。
ちなみに、この仕組みは、日本の高度経済成長期における製造業で多用された活用法でもある。
イギリスは、トヨタ生産システムをNHSに適合させる形でLean System(赤身のシステム)を医療・介護分野に取り入れている。日本でも積極的に導入することを検討してもいいのではないだろうか。自国内ということもあり、トヨタ生産システムの手法をわかりやすく利用できるツールも(おそらくイギリス以上に) 整備されているだろう。
異論も多くあろうが、今後、急性期病院は中課題解決の方向性: デジタル技術革新に共同で対応核病院に収れんしていく前提で、各病院は検討しなければならないだろう。デジタル医療機器への投資も同様である。さらに、公的保険制度のもと、「ヒト・モノ・カネ」の運用は細かく規定されている。このようななかで、患者満足を一定水準以上に保ち、経営管理も同様の取り組みが求められるのだ。他産業の叡智を取り入れることは必須と言え、デジタル技術への対応は、その好機になると考える。
(病院専門誌「PHASE3」2019年10月号より引用・転載)