特定非営利活動法人 標準医療情報センター

一次医療の問題はアクセスだけではない

「かかりつけ医 定額制に 厚労省検討、過剰な診療抑制 登録以外は上乗せ」──
 2019年6月25日付日経新聞の見出しだ。記事では1人当たりの年間受診回数は、英国5回(09年)、ドイツ10回(15年)に対し、日本は12.8回(15年)というOECDの調査を紹介。受診回数が医療費の伸びにつながっており、医療費抑制に向け、厚生労働省はかかりつけ医が早期発見や治療にあたる仕組みの導入を視野に入れていると報じている。
 一方で、日本医師会は、かかりつけ医の登録制には「患者が医療機関を自由に選べるという原則が崩れる怖れがあり、診療所の経営を圧迫する懸念が強い」と反対している。
 この議論をみると、厚労省と医師会ともにアクセスと経済性を重視するあまり、一次医療に対する質の視点が欠如している。英米の医療政策の大前提は合成の誤謬理論(*1)が常識として認識されているが、そこからかけ離れた建前論が堂々と語られる日本は、はなはだ悲惨な状況だ。
 なお、厚労省は患者・家族の視点不在の経済的合理性のある政策提言をアドバルーン的に打ち上げ、お手盛りの有識者会議等を設置して進めていくと予想される。

質の担保には免許更新制が必要だ

 もちろん、日本の一次医療に関してはフリーアクセスのもと、患者が急性期病院でのコンビニ受診を行うなどの問題もあり、アクセスの仕組みづくりが課題であるのは事実だ。ただ、英米の医療を20年以上調査研究してきた立場から言わせてもらうと、最大の問題は、医師免許の更新制がないことと考えている。デジタル技術革命で医療は急速に進化・発展している。こうした新しい技術や情報、スキルを一次医療の現場で活用することが、受診中断の防止や重症化の予防、ひいては医療費の削減につながると考える。しかし、日本では医師免許が永久ライセンスのため、アップデートが遅れている開業医は少なくない。
 一方、英国では12年12月に医師免許の更新制が導入され、16年3月から始まっている(*2)。5年後のライセンス更新のために、一般診療医(家庭医:GP)は1年ごとに再教育の進捗度をチェックされる形で、常時スキルや情報の研さんが求められている。その結果、単独診療ではライセンス更新の準備に努力するための時間の確保が困難となっており、それによってGPSurgery(以下、GPSY(*3))が見直され、この形態が主流となってきている。
 GPSYは、米国のメディカル・ホームと初期診療から急性期まで一貫して責任を負うACO(*4)と互いに影響を与えている。GP(一般開業医)が医療提供の中心的役割を担い、患者が診療の意思決定に主体的に参加するよう、GPは常に相談や情報提供の支援を行い、専門医に診療が集中する非率的な体制を是正する。具体的には、ITを利用し患者の個別診療データを管理し、診療所、急性期病院などが情報を共有し、患者利益を第一に考えた全体的アプローチで、予防、初期、急性期〜終末期の継続的ケアの提供を行う仕組みだ。
 キャメロン保守党政権のもと、GPの協同組合が結成するCCG(Clinical Commissioning Group)の権限強化が図られ、13年4月には全イングランドをカバーするようになり、NHS予算の80%程度の執行委任を受けている。これには救命救急や急性期病院、一般診療所が含まれる。

患者参加型医療にはITの活用が不可

 英国での一般診療はGPSYが主体だ。GPSYは3〜5人のGPが主たる経営者兼医師を務め、その倍以上の看護師が所属している。同じ敷地内に薬局を併設(賃貸)したり、勤務医を数人雇用し経営を拡大させたりするところも増えている。規模の拡大とGPの免許更新準備で看護師への権限移譲が進み、訪問看護師の機能拡大、さらにはITの積極的利用も始まっている。
 たとえば、慢性疾患の患者に毎日血圧・体重・脈拍・尿色別チャート判定等での疾患管理を促し、それをスマホでGPSYに送り、それを看護師が確認し、結果にもとづき、訪問看護や診療予約、救急車の手配などを行う、患者が主体的に疾患管理に参加させる取り組みだ。これについてはさまざまな成果が報告されている。
 こうした英国で行われている一次医療のデジタル化は、日本も学ぶべきだ。予算執行の権限付与などの権限を強化する一方で、質を担保するために免許更新を課す。英米人の権力に対する基本的スタンスである、Check & Balanceを具現化した取り組みだ。
 日本の国民健康保険制度も医師会を取り込み、厚生労働省や財務省の官僚たちが細目の行政運営に直接介入せず、英国のように、健康保険予算の8割程度の執行権権限を委託し、代わりに医師の免許更新制をテコに常時医師の再教育等を検討課題にすることを切望する。
 この体制の導入には、患者代表や医療の質のモニタリング、CCGの助言・監督委員会などの採用も併せて検討する必要があることを付記しておく。

(*1) 各個人が合理的に行動しても、全体として考えれば、誤りである。患者がフリーアクセスを乱用し、大病院や救命救急へ殺到すれば、救急措置が必要な患者の迅速なアクセスが阻害される要因となる。英米ではこのことが広く理解・認識されている。
(*2) 医師免許更新制は自動車等の免許更新とは違い、5年間に毎年、年間評価と呼ばれる、医師の再教育プログラム研修が義務付けられ、開業医も病院の専門医も全医師が対象となる。医師免許更新制は数十年間討議されてきたが、難産の末、2012年12月英国医師会(BMA)と英一般医療審議会(GMC)が合意し法制化された。
(*3) 複数の医師が経営者兼医師として運営する一般診療所。原型は2000年代初めの英国にも存在、複数の開業医や看護師を含めた小規模診療所を経営し、軽微な手術や時に救急搬送手配の拠点として活動していた。
(*4) ACO(Accountable Care Organizations)は2010年にオバマ政権のもと成立した医療改革法の中核政策で、要約すると初期診療・治療を担う一般診療所と急性期病院で結成する連携ネットワーク組織。実現にはITの導入が必須で、CMS(Center foMedcare & Medicaid Services:米国公的医療保険庁)と最短3年間の医療・保健等健康に関する全ニーズに対応する管理・サービス提供契約を結び、急性期から初期医療まで切れ目なく提供し、患者と費用支払者に責任を持つ仕組み。

(クリニック専門誌「CLINIC BAMBOO」2019.9号より引用・転載)

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