特定非営利活動法人 標準医療情報センター

10月28日の臨時理事会・会食の席における世界的に著名な脳外科麻酔科専門医のコート教授(ノースウエスタン大学フェィンヴァーグ医学校麻酔科教授、脳神経麻酔科医)との出会いは予想を超える衝撃的な出来事であった。我々の”NPO標準医療情報センター”創立10周年の記念行事企画の理事会・食事会でこの著名な脳神経麻酔科医の通訳を行った事に関連する。
麻酔科指導医でもある下地理事長が招待した個人的に大変懇意な米国有数麻酔科専門医の講演について、講演の冒頭から、まるでフランケンシュタィンのような医学の進歩に衝撃を受けた。通訳もしどろもどろ、分からない単語は無かったが、頭蓋骨を外し(開頭)、脳の腫瘍を切除する際に、患者を覚醒させてしかも興奮させない状態で、患者に話しかけ、脳外科手術を行う事が米国では既に定着しつつあると、想像を超える世界についての内容である。

講演の要点をまとめると、「脳外科手術は覚醒した(awake)状態で頭蓋骨の一部分を取り外し、頭部周辺の神経をブロックして痛みをとり、脳腫瘍やその他脳の疾病の外科手術を行う。通常は5時間、最長9時間は覚醒させた状態で患者と会話をしながら、脳神経麻酔科医が電子機器(バイタルサイン=血圧、心拍、脳波、脈拍Etc.)でモニタリングし、麻酔科専門医指導の下に外科医が脳の手術をするとのこと。この1年間で100症例手術、3年前から計300件数とのこと。


【備考】

アントン・コート医師のプロフィール:
1972年シリア、ダマスカス国立大学医学部卒のアサド氏(現シリア大統領)と同級生であったとのこと。
1977年ノースウエスタン大学付属記念病院のレジデント、1978年同大学附属病院の特別研究員に就き、その後同大学医学部教授として現在に至る。我がNPO理事長、下地恒毅理事長は京大医学部大学院卒新潟大学医学部名誉教授、日本麻酔会会長をも務め、コート教授とは親交が深く、コート教授は下地理事長を恩師(mentor)と付言された。

下地理事長の説明:
昔はawake brain surgery が主流でした。その理由は全身麻酔では脳の一部を取り去ることによって神経学的欠損症状が十分に分からない理由がありました。これはかなり患者さんにとっては苦痛でした。
しかし、画像診断の発達によって正確な人の脳の立体的構造(脳地図)が次第に明らかになったこと、頭蓋骨固定装置(stereotaxic apparatus)の技術的な進歩、麻酔方法の進歩(例えば、立位、仰臥位などどの様な体位でも気道確保が可能になったこと、覚醒中にも十分な鎮静と鎮痛が得られる薬剤の開発、術中の神経学的モニタリングの進歩など)によって患者さんに負担の少ない全身麻酔法に変わってきました。一方、脳地図の個体差、薬物の発達によってawake の状態でも十分な鎮静が可能になったことなどの理由によってawake brain surgery が再び見直されつつあります。 特に機能脳神経外科ではそうです。
筆者が10年来通うペインクリニックの麻酔科医は「過去の経験では全身麻酔で脳外科手術を行うと、麻酔が覚めるまで脳外科医は冷や冷やしていた事を思い出します。」さらに「ロボットによる手術が拡大しているようで、目覚ましい進化・発展があります。」と述べています。


【参考資料】

以下はジョン・ホプキンズ病院のホームページの関係情報の抄訳です。

“Awake Brain Surgery (Intraoperative Brain Mapping)”
“覚醒下脳外科手術(術中脳マッピング)”

■What is intraoperative brain mapping ("awake brain surgery")?
術中脳マッピング(「覚醒下脳外科手術」)とは何ですか?

Johns Hopkins Comprehensive Brain Tumor Center(ジョン・ホプキンズ総合脳腫瘍センター)の脳神経外科医は、患者が覚醒状態でいても、鎮静状態にある間に、多くの脳腫瘍手術を行います。
この手順は、術中脳マッピング、または覚醒下脳外科手術と呼ばれます。 これにより、脳神経外科医が手術不能であった腫瘍を取り除くことが可能になります。なぜなら、

  • 視覚、言語、身体の動きを制御する脳の領域に近すぎる
  • 手術は、機能の著しい喪失をもたらす

脳神経外科医は、覚醒下脳外科手術により、脳全体に広がっている明確な境界線を持たない神経膠腫などのような腫瘍を縮小することができます。

■How awake brain surgery works:
覚醒下脳手術はどのように進められるのか:

この手術は、患者の頭皮が麻痺した後、通常患者が鎮静した後に行われます。
脳神経外科医は脳神経麻酔科医と非常に緊密に連携し、対象となる患者に覚醒下脳外科手術が適切かどうかを一緒に決定します。

  • 脳の重要な部分を損傷することなく腫瘍を除去する際の覚醒下脳外科手術の重要性
  • 患者の一般的な健康状態(例えば、覚醒下脳外科手術は、睡眠時無呼吸症候群の患者および肥満者では行われない)
  • 手術中、患者は落ち着いていて、脳神経外科医に反応できるかどうか(覚醒下脳外科手術を勧め、患者が同意すると、脳神経麻酔科医はその手順を詳細に説明し、患者の質問に答える)

脳神経外科医および脳神経麻酔科医は、各患者に最も適切な麻酔法を決定するために協力します。

  • 手術中ずっと目を覚ます:患者は、神経または頭皮ブロック(痛みをブロックするための投薬)と局所麻酔(身体の小さな部分を麻痺させる薬)を頭皮に施す。
  • 手技の始めと終わりに鎮静され、手技の最中で目を覚ます:患者は、手技の開始時に鎮静のために頭皮ブロックと少量の鎮静薬の投与を受ける。脳神経麻酔科医は、脳神経外科医が脳腫瘍を除去する体制が整うと患者を覚醒させ、 その後再び鎮静させるための鎮静薬を投与する。
  • 手術中に目を覚ます:患者は、神経または頭皮ブロック(痛みをブロックするための投薬)と局所麻酔(身体の小さな部分を麻痺させる薬)を頭皮に施す。

手術中、脳神経麻酔科医は、患者が痛みを感じることなく穏やかな状態を維持するために、バイタルサイン(心拍数、呼吸、血圧)をモニターし、脳神経外科医は、小さな電極で腫瘍周囲の領域を刺激します。また、脳の機能領域を正確に特定するために、話したり、数えたり、写真を見たりするような作業を行うよう患者に求めます。
脳神経外科医は、手順の前と途中で撮影した脳のコンピュータ画像と患者の反応をもとに脳の機能領域のマップを作成し、脳機能障害を避けながらできるだけ多くの腫瘍を除去します。

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