
「Schizophrenie」 (Bleuler, E. 1911) は「精神分裂病」と訳され、長い間用いられていた。しかし、精神が分裂しているのではなく、調子が悪いだけで、治る可能性を考え、現在では「統合失調症」に改められている。
青年期に発病することが多く、特有のいくつかの症状を呈する。
脆弱性(発病しやすい素質)と心理社会的な因子の相互作用により発病すると考えられる。回復するが再発しやすく、慢性に経過するものが多い。約半数は完全に寛解、または、軽度の障害を残して回復する。
Bleuler, Eは統合失調症を精神病理学的見地から、連合障害、感情鈍麻、両価症、自閉がその基本的な障害と考えた。
国際疾病分類(ICD-10、1993)ではSchneider, K(1950)の第一級症状(思考化声、対話形式の幻聴、自分の行為を批判する幻聴、身体への影響体験、思考奪取および思考の被影響体験、思考伝播、妄想知覚、感情・欲動・意志の分野における外からのさせられ体験)の考え方が採用され、その存在が統合失調症の診断を下す上で重視されている。
米国精神医学会の診断基準(DSM-IV-TR, 2002)も国際疾病分類(ICD-10)とほぼ同じ内容となっている。統合失調症の治療目標は患者の症状を改善し家庭や職場、社会における日常生活能力を回復させ、社会へ復帰させることである。
統合失調症のもっているいろいろな症状を陽性症状(≒第一級症状、妄想、滅裂思考など)と陰性症状(感情の鈍麻・平板化、思考の貧困など)に分けるCrow T. J.(1980)の仮説がよく知られている。
妄想型 | >妄想を主とし、幻聴を伴うことが多い |
---|---|
破瓜型 | >青年期に発症し、慢性に経過しやすい。自閉傾向が強い |
緊張型 | >急性に発症し、一過性に経過する。激しい興奮や昏迷をきたす |
分類型不能型 | >統合失調症の症状を認めるが、上記の3類型に合致しないもの |
統合失調症後うつ | >統合失調症の症状がいくつか残存しているが、抑うつ症状が前景にたつもの |
残遺型 | >精神運動の緩慢、活動性の低下、感情鈍麻、受動性と自発性欠如、会話量とその内容の貧困など「陰性症状」が強いもの |
その他 |
[発病危険率]
国や人種によってもほぼ同じで0.7~1.0%で、男性にやや多い傾向が見られる。
【治療の開始にあたって】
統合失調症の治療の目標は症状の消失だけでなく、患者の社会参加であるから、DSM-IVの多軸評価法を充分に活用するよう心がける。
注意して診察し、慎重に診断をくだす。本人および家族へ、病名の告知、統合失調症の概念、治療も目標と治療方法、予想される薬の効果と副作用、経過や予後の見通しなどについて話す必要がある。しかし、急性期には激しい精神症状があり、また、病識欠如のため、このような治療のための教育は困難なことも少なくないが、治療が進むことにより患者の態度も変わってくるので、その後の診察の際、繰り返し説明するように努める。
[薬物療法]
統合失調症に用いられる抗精神病薬は原則として単剤で行い、効果判定には有効量を4~6週間続けた後に行う。
処方するに当たり、薬物不耐性による副作用、血液毒性や悪性症候群を避けるように次の項目に注意する。
I 軸 | 疾患、医療の対象となる他の状態 |
---|---|
II 軸 | 人格障害、精神遅滞 |
III 軸 | 身体疾患 |
IV 軸 | 心理社会的および環境問題 |
V 軸 | 機能の全体的評定 |
(米国精神医学会:DSM-IV-TR, 2002) |
年齢、既往歴、身体合併症、薬物過敏性、治療歴、妊娠・授乳の可能性、なお、前医から医療情報(過去の治療薬の有効性と副作用)を参考にして今回の薬物選択を行う。
初発・再発時の急性精神病エピソードでの薬物療法
激越や攻撃性が強くない急性期患者には、新世代型抗精神病薬を第一選択とする。
新世代型抗精神病薬一覧
一般名 | 商品名 | 臨床用量 | 備考 |
---|---|---|---|
リスペリドン | リスパダール® | 1回1mg 1日2回より開始 徐々に増量 維持量:1日2~6mg 2回に分服 |
強力な抗セロトニン作用と抗ドパミン作用を併せもつ。 用量依存的に急性錐体外路症状を出現することがあるので、注意する。 |
クエチアピン | セロクエル® | 1日25mg 1日2~3回より開始。 漸増し1日150~600mg 2~3回分服 |
錐体外路症状は生じにくい。体重増加(血糖値上昇、II型糖尿病)を来たし易い。糖尿病には禁忌。 投与初期にめまい、低血圧がみられることがあるので、定量より漸増する。 |
ペロスピロン | ルーラン® | 1回4mg 1日3回より開始し、漸増 維持:1日12~48mg 3回分服 最大1回48mgまで |
陽性症状に対する効果はハロペリドールと同等で、欲動性低下や不安・抑うつの改善が期待できる。 錐体外路症状はハロペリドールより弱い。 |
一般名 | 商品名 | 臨床用量 | 備考 |
---|---|---|---|
オランザピン | ジプレキサ® | 1回5~10mgより開始 1日1回より開始 維持:10mg 1日20mgまで |
昏睡状態 糖尿病には禁忌。 |
急性興奮時には、全身状態も悪化していることが多いので注意する。緊急入院など、鎮静を急ぐ場合には、ジアゼパムやフルニトラゼパムを静注することがあるが、時間をかけてゆっくり注入する必要がある。急速に注入すると、呼吸停止を招くことがあり、危険である。
激越や攻撃性が強い急性期患者には、従来型(クロルプロマジン、レポメプロマジンなど)を第一選択とする。4ないし6週間治療を行い、治療反応性が十分でない場合はコンプライアンスについてチェックする。ハロペリドール、ブロンペリドールを用いる場合は、血中濃度測定を行い、有効濃度に達しているかを見る。これらの薬剤の効果増強剤として炭酸チリウムやバルプロ酸が用いられる。
これらの薬剤が無効なものを治療抵抗性として電気けいれん療法が考えられる。
陰性症状にはリスペリドン、オランザピン、ペロスピロンが有効であり、抑うつ症状を改善させる。
不安・抑うつ状態にはその他の抗うつ薬(SSRI)を併用することも考える。
急性期の症状がとれれば、外来患者では、診察の間隔を開けてもよい。
入院患者では1対1の診察から、生活指導や集団療法(レクレーション療法、作業療法、生活技能訓練など)を導入する。経過が良好であれば、外出・外泊を繰り返し、退院の方向に進む。
[安定期の治療]
日常生活能力や社会的および職業的機能などの長期的予後は、陽性症状や陰性症状の有無よりも、注意、記憶、実行機能などの認知機能の障害によって規定される可能性がある。従ってリハビリテーションを行うに当たって、認知機能についても注意する。
退院後は良好な治療関係をベースとして通院治療を続ける。治療関係が良好でないと服薬中断のリスクの一つとなる。家族との接触時間が長くなると、家庭内の緊張が高まり、これも再発のリスクとなるので、家庭外での活動の場(デイケアやグループホームなど)を考える。
[安定期の薬物療法(維持療法)]
症状の再熱と再発の予防を目標とする。長期に亘るので、コンプライアンスを高め、副作用を最小限におさえ、社会参加を促進させる。
コンプライアンスが不良な場合には、従来型の抗精神病薬(ハロペリドール、フルフエナジン)の徐放薬(デポ剤)を用いる。新世代型抗精神病薬の徐放薬はない。
[維持療法の期間]
患者の過去の再発状況や、患者の現在の心理社会的要因により、一概にはいえないが、次のようなことを参考に決める。
- 再発エピソードが2回以上みられたものでは、3年にわたり服薬を続け、再発がなければ漸減・中止を考える。
- 症状が持続する場合はさらに長期にわたり服薬を続ける。
- 頻回の再発エピソードがある場合は、時に生涯にわたる長期間の服薬継続が必要となる。
減量は2ないし4週間ごとに徐々に行う。
[従来型精神病薬]
1952年、クロルプロマジンが治療に導入され、統合失調症の治療は画期的な変化を来たし、社会復帰を可能なものとした。しかし、従来型抗精神病薬は、幻覚・妄想症状などの陽性症状に対し有効であるが、無力・自閉などの陰性症状に対する効果が不十分であり、また、錐体外路系の副作用が高率に出現するため、統合失調症の薬物療法としては、新世代型精神病薬が第一選択となって来つつある。しかし、従来型抗精神病薬の存在意義はなお大きいものがある。
基本的には、抗精神病作用を有し、常用量では催眠作用を示さず、身体依存も精神依存も示さない。
ドーパミンD2受容体遮断作用により、幻覚、妄想、思考障害、させられ体験など、急性期の陽性症状にも効果がある。
アドレナリンα1受容体遮断作用により興奮、衝動性、攻撃性、不安、焦燥に対し、鎮静作用を有する。
無為、自閉、感情鈍麻など慢性期の陰性症状への効果は弱いとされる。
低力価フェノチアジン系薬剤(クロルプロマジン、レボメプロマジンなど)は錐体外路性副作用が少なく、鎮静の目的で用いられる。
高力価のブチロフェノン系薬剤(ハロペリドール、ブロムペリドール、スピペロンなど)は抗幻覚・妄想作用を期待して用いる。ハロペリドールにはtherapeutic windowが認められる。その有効血中濃度は5~12ng/mlである。
従来型精神病薬一覧
一般名 | 商品名 | 臨床用量*(mg/day) | |
---|---|---|---|
フェノチアジン系 | |||
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(脂肪族系) | ||
クロルプロマジン | コントミン | 50~450 | |
レボメプロマジン | レボトミン | 25~200 | |
(ピペリジン系) | |||
チオリダジン | メレリル | 30~400 | |
プロペリシアジン | ニューレプチル | 10~60 | |
(ピペラジン系) | |||
フルフェナジン | フルメジン | 1~10 | |
ペルフェナジン | PZC | 6~48 | |
プロクロルペラジン | ノバミン | 15~45 | |
ブチロフェノン系 | |||
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ハロペリドール | セレネース | 0.75~6 |
ブロムペリドール | インプロメン | 3~36 | |
チミペロン | トロペロン | 0.5~12 | |
スピペロン | スピロピタン | 0.5~4.5 | |
モペロン | ルバトレン | 10~30 | |
ピパンペロン | プロピタン | 50~600 | |
ベンズアミド系 | |||
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スルピリド | ドグマチール | 150~1200 |
スルトプリド | バルネチール | 300~1800 | |
ネモナプリド | エミレース | 9~60 | |
チアプリド | グラマリール | 25~150 | |
ジフェニルブチルピペリジン系 | |||
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ピモジド | オーラップ | 1~9 |
インドール系 | |||
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オキシペルチン | ホーリット | 40~300 |
チエピン系 | |||
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ゾテピン | ロドピン | 75~450 |
イミノジベンジル系 | |||
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カルピプラミン | デフェクトン | 75~225 |
クロカプラミン | クロフェクトン | 30~150 | |
モサプラミン | クレミン | 30~300 | |
* 添付文書より |
一般名 | 商品名 | 用法 | 臨床用量*(mg/day) |
---|---|---|---|
クロルプロマジン | コントミン | 筋注 | 10~50 |
レボメプロマジン | レボトミン | 筋注 | 25 |
エナント酸フルフェナジン** | アナテンゾール | 筋注 | 2.5~25/10~20日間隔 |
デカン酸フルフェナジン** | フルデカシン | 筋注 | 12.5~75/4週間隔 |
ハロペリドール | セレネース | 筋・静注 | 5~10 |
デカン酸ハロペリドール** | ハロマンス | 筋注 | 50~150/4週間隔 |
チミペロン | トロペロン | 筋・静注 | 4~8 |
* 添付文書より**デポ剤 |
[副作用]
新世代型抗精神病薬では忌わしい副作用はかなり少なくなっているが、皆無ではないので、十分に注意する必要がある。
- 過鎮静を来たし、二次性陰性症状を呈することがある。この場合新世代精神病薬へ変更する。
- 抗コリン作用による記銘力障害が生じる。減量もしくは新世代精神病薬へ変更する。薬剤性パーキンソン症状を予防するための措置としての抗コリン性パーキンソン薬の長期連用に注意する。
- 抗うつ状態が抗精神病薬投与により起こる可能性がある。そのためSSRIなどの抗うつ薬を併用する。
急性錐体外路症状 …抗精神病薬服用者の50~70%に認められる。
- パーキンソニズム
- 従来型の抗精神病薬服用者の20~30%に出現。服用後4~10週頃に出現。高齢者、女性、非喫煙者に多い。抗精神病薬の減量や抗コリン薬が有用。
- アカシジア(静坐不能症)
- 「じっとしていられない落ち着きのなさ」と表現される病態
徘徊や貧乏ゆすりなどの運動過多や不安・焦燥・易刺激性などの精神症状として出てくることもある。
抗コリン性パーキンソン薬が第一選択薬。その他、ミアンセリン、プロメタジンを用いられる。 - 急性ジストニア
- 四肢、体幹、頭頚部の筋群に間欠性あるいは、持続性の筋固縮とけい直が生ずる不随意運動。
30歳より若い男性での筋肉内注射で生じやすい。
抗コリン薬(ビペリデン)の筋注、ベンゾジアゼピン(ジアゼパム)の静注が有効。
遅発性錐体外路症状
- 遅発性ジスキネジア
- 従来型抗精神病薬の長期服用中の患者に認められる。
口顔面の症状。口をモグモグ動かしたり、舌を捻転させたりする。
高齢女性に多い。累積発症率は1年で5%、2年で10%、3年で15%、4年で19%。
有効な治療法はない。そのため予防に力を注ぐ。
高力価の従来型抗精神病薬の高用量を漫然と投与してはならない。 - 悪性症候群
- 抗精神病薬(新世代型抗精神病薬でも)による副作用中最も重篤で致死的であるため、常に注意を必要とする。抗精神病薬開始後4週間以内に発症する。筋強剛、発熱、発汗、嚥下障害、頻脈、血圧上昇などの多彩な自律神経症状や意識障害、筋酵素系(CPKなど)高値を呈する。このような症状を呈するもののほか、非定型例も少なくない。
危険因子として、栄養障害、脱水、電解質以上などのほか、焦燥・興奮などの精神状態、抗精神病薬の急激な増量や大量投与などが挙げられる。
治療は原因薬物の即時中止と補液、ついでダントロレン1回量1mg/kgの経口投与。
かつて致死率10~20%であったが、最近では4%まで低下している。 - 自律神経系副作用
- 抗コリン作用 口渇、鼻閉、便秘・麻痺性イレウス、排尿障害、羞明・眼圧上昇など - 抗アドレナリン作用 低血圧や起立性低血圧、ふらつきと転倒(骨折の原因となりうる) - 心血管系 心毒性として作用するので、定期的な心電図検査(QT間隔、PR間隔の延長、T波平坦化) - 内分泌・代謝系
- 性機能障害 ドーパミンD2受容体遮断作用による高プロラクチン血症による症状(無月経、女性化乳房、性欲低下など) - 食欲亢進、体重増加 新世代型精神病薬の方がその影響が大きい。心疾患や糖尿病発症の危険性を高めるので、投与開始時に十分説明をしておく。早期から運動療法や、食事療法を検討する。 - 多飲、水中毒、抗利尿
ホルモン不適合分泌
症候群(SIADH)精神科病院入院患者の10~20%に多飲が見られ、4~12%に低ナトリウム血症を停止、3~4%に水中毒が発生している。また、その一部にSIADHが関与しているらしい。
日常の飲水行動の観察、頻回の体重測定、血清ナトリウム値や尿比重の測定をする。- 血液学的副作用 無顆粒球症が約1%に出現する。原因薬剤の中止と血液内科への受診。 - 妊娠時への影響 妊娠時の催奇形性の問題は明らかでないが、妊娠初期の段階では原則中止が望ましい。抗精神病薬は母乳へ移行するので、通常は授乳は行わない。
1) 佐藤光源、井上新平:統合失調症 治療ガイドライン、2004年、医学書院
2) 高橋三郎、大野 裕 訳:DSM-IV-TR 精神疾患の分類と診断の手引、2003年、医学書院