顔面神経麻痺は1万人に2~3人の割で起こるとされています。最も多いのがベル麻痺とよばれ、片側性に発生します。片側の顔面筋が麻痺または不全麻痺を起します。男女の差はなく等しく起こります。10歳以下では稀ですが、どの年齢にも発生します。特に70歳以上の人に発生頻度が高くなります。
重症度も様々で、麻痺の程度を評価するのに色々なスコアが考えられています(1)(2)。
【原因】
図1
右顔面神経の走行を示す模式図。
①顔面神経は第七脳神経とも呼び、耳のすぐ下の茎乳突孔という出口から頭蓋骨の外に出て来て耳下腺(大唾液腺の一つ)を貫いて右顔面筋の全てに分布しています(②)。③神経の一部は舌先端2/3部分の味覚も支配しています(3)。また、副交感神経の枝が含まれ、唾液腺や涙腺をも支配しています(3)。
ベル麻痺の原因はよく解っていませんが、多くの症例検討によってヘルペスウイルスによる炎症が主ではないかと考えられています(4)。つまり、ヘルペスウイルスによって顔面の筋肉を支配する顔面神経(図1)が炎症を起こし、麻痺すると考えられています。
ヘルペスウイルスの中でも単純疱疹ウイルスが多く、それ以外では、水痘ウイルス、帯状疱疹ウイルス(5)、単核症をおこすEpstein-Barrウイルス、サイトメガロウイルスなどが考えられています(6)。
ウイルス以外では野鳥を介して人にも感染するライム病を引き起こすスピロヘータがあります(3)。
顔面神経麻痺を起す他の原因
- (1) 顔面や頭部の外傷による場合。
- (2) 顔面や頭部の腫瘍による場合。
- (3) 脳卒中 顔面のみに招来することはあまりありません。
(1)~(3)の原因によっておこる顔面麻痺の場合は、それぞれの疾患に対する治療が必要です。
【症状】
ほとんどの症例で急に発症します。脳卒中ではないかと最初疑われますが、症状が顔面のみに限局するので、脳卒中によるものではないことが解ります。
- 瞼を閉じるのが不可能または困難になります。
- 瞼を閉じるのが困難なため眼球が乾燥します。その結果、眼球表面の炎症が生じやすくなり、眼球の痛みやかゆみが生じます。
- 片側の顔面筋が麻痺するため麻痺側の口角が垂れ下がります。
- 垂れ下がった口角から唾液が流れ出ることがあります。
- 表情を作るのに困難を感じます(図2)。
- 片側の舌の味覚が麻痺することがあります(図1参照)。
- 片側の聴覚過敏になり、音が大きく感じられることがあります。
- 片側の耳の前部または後部、目の外側、頚部等に痛みを感じることがあります(7)。
- 時に帯状疱疹ヴィールスが原因の場合、頭痛を伴うことがあります。
【診断】
図2
右顔面神経麻痺を発症した患者さんが笑った時の模式図。
診断は上記の症状から診断できます。即ち、症状から顔面麻痺の原因について詳しく調べます。
補助診断として、筋電図によって筋肉や神経の麻痺の程度や広がり、回復の程度、予後などを見ていくことが出来ます。また、MRI(磁気共鳴画像)やCTスキャン(コンピュウター断層撮影)などによって脳や頭蓋骨の異常がないかを調べます。
【治療】
- プレドニゾロン
- 治療については2007年頃までは、プレドニゾロンが唯一の治療法でした。顔面麻痺が発症してから72時間内にプレドニゾロンを10日間投与すると予後が良いと考えられていました。ただ、プレドニゾロンには副作用が出ることがありますので、注意が必要です。副作用として、腹痛、ニキビ、不眠、皮膚乾燥、頭痛、食欲亢進、多汗症、消化不良、気分の変化、吐き気、口腔のカンジダ症、傷口治癒遅延、薄皮、易疲労、などが出ることがあります。時にアレルギー反応が出ることもあります。
- 抗ウイルス薬
- 初期に投与すると発生後72時間以内)、効果があるとされていますが(8)、最近の報告では、その効果については疑問視されています(9)。
- 目の保護
- 瞼の開閉ができないので、眼球が乾燥します。それを保護するためには、テープを貼ったり、点眼薬が必要です。
- 物理療法
- 難治症例に対しては、顔面筋の運動やマッサージを励行させること、顔面神経や筋肉の電気刺激によって顔面筋を他動的に動かせること、などが試みられていますが、まだ、十分なエビデンスは確立されていません(10)(11)。
- 星状神経節ブロック
- 麻痺した側の顔面神経支配領域の血行を改善する目的で同側の交感神経(星状神経節)を局所麻酔でブロックする方法です(12)。特に、日本ではこの方法が良く行われています。2重盲検による多数の患者さんでの統計学的比較検査がまだ十分に行われていませんので、効果については未だ確証がありません。
- 高圧酸素療法
- 重症例に対し2.8気圧の高圧酸素室に1時間程度患者さんを入れ、週に5回程度繰り返す方法です。これもまだ十分なエビデンスは得られていません(13)。
- 移植手術、減圧術
- 麻痺からの回復が十分でない重症例に対しては神経や筋肉を移植する手術を行うこともあります(14)。90日以内に外科的減圧術を行えば予後の改善が図れるとの報告もあります(15)。
- ボトックス治療
- 回復が遷延する症例では神経が再生する過程で神経が一つの顔面筋を支配すべき神経が迷走して他の顔面筋をも支配することによって、一種の混線状態を引き起こすことがあります。その結果、例えば瞬目時、正常状態では眼輪筋(瞼を閉じる筋肉)のみが収縮するのですが、同時に口の周りの顔面筋(口輪筋)の一部が同時に収縮することがあります。このような状態をシンキネシス(共同運動)と呼んでいます。この状態は患者にとっては精神的に大変苦痛です(2)(3)(14)(15)。最近、このような症例に対しボツリヌス毒素A(ボトックス)を筋肉に注射して効果を上げています。ボトックスは運動神経と筋肉の接合部の化学的神経伝達を遮断する薬物です。その効果について、最近、メルボルンの脳科学研究所の報告では、神経筋接合部だけの効果でなく、顔面を支配する脳の運動領に対する刺激もあるのではないかと報道されています(17)が未だ十分な確証は得られていません。徳島大学のAzumaら(18)はボトックスの注射に更に鏡を用いた患者さん自身のバイオフィードバック訓練を用いる方法を報告しています。
シンキネシスに対してはボトックスの登場以来他の種々の方法はあまり用いられなくなって来ています。 - その他の方法
- 針治療、電気刺激療法、マッサージ、顔の変形に対してはプラスチックの充填、などが試みられています。
【予後】
ベル麻痺の予後に関しては予測することが難しいのですが、サンチェス・チャプルらの251例の報告(19)では不完全回復が41.5%に及んでいるようです。また、40歳以上の年齢の患者さんや物理療法をしていない患者さんでは不完全な回復の傾向があったようです。しかし、どのような因子が予後と関連するかについてはまだ十分な研究が進んでおりません。
回復が遅れるとうつ病や社会からの孤立が問題となり、併せてそのケアや治療が必要になります(2)(20)。
文献
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(2014.2.14公開)
(2019.5.3更新)