1 良性腫瘍
1)髄膜腫
脳をつつむ膜、すなわち髄膜から発生する腫瘍が髄膜腫です(図1)。従いまして脳の外側に発生します。髄膜腫では、手術、すなわち外科的摘出術が第一選択です。脳を温存して腫瘍を全摘出できる場合が多く、多くの場合治癒が望めます。中には頭蓋の底面に発生して摘出が困難な場合もありますが、最近では頭蓋底外科と呼ばれる高度な技術でこれらの摘出も可能となってきています。
再発を繰り返す場合や、やや悪性所見のみられる場合には、放射線治療やガンマナイフ治療を行うこともあります。
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48歳男性 いつも頭痛がしていた、最近仕事の能率が悪くなったことを主訴に来院。MRIで脳腫瘍(大きな髄膜腫)を認めた。手術により全摘出を行った。 |
2)神経鞘腫
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54歳女性 耳鳴り、めまいを主訴に来院。MRIで脳腫瘍(神経鞘腫:左聴神経腫瘍)を認めた。手術により摘出を行った。 |
神経鞘腫は、脳に出入りする神経から発生する腫瘍です。神経鞘腫の代表的なものは、聴神経に発生する神経鞘腫(聴神経腫瘍)です(図2)。聴神経腫瘍は、一般に手術、すなわち外科的摘出術が第一選択です。ごく小さなものを除くと腫瘍の発生した側の聴力を温存することはできません。最も重大な合併症は、顔面神経麻痺です。これは顔面神経が聴神経とほぼ平行して走行しているため、顔面神経が聴神経腫瘍に巻き込まれるためです。手術時には、顔面神経の障害を最小にするために、顔面神経のモニタリングを行うことがすすめられます。
3cm以下の小さな聴神経腫瘍では、ガンマナイフ治療を行うこともあります。
3)下垂体腫瘍

下垂体はヒトの体にとって大切なホルモンの中枢です。乳汁分泌刺激ホルモン(プロラクチン、PRLと略します)、成長ホルモン(GHと略します)、副腎皮質刺激ホルモン(ACTHと略します)、甲状腺刺激ホルモン(TSHと略します)、性腺刺激ホルモン(卵胞刺激ホルモン(FSHと略します)と黄体形成ホルモン(LHと略します))、抗利尿ホルモン(ADHと略します)などの、下垂体ホルモンを産生します。このようなホルモンの中枢である下垂体に発生する腫瘍の代表的なものが、下垂体腺腫です。下垂体腺腫がある特定のホルモンを産生する細胞から発生すると、ホルモン過剰による症状を示します。この場合は腺腫が小さくても症状を出します。これについては次の項で述べます。下垂体腫瘍は一般に良性腫瘍ですので、ゆっくりと大きくなりますが、腫瘍が大きくなると、すぐ近くにある視神経を圧迫し、視神経障害(視力視野障害)をおこします(図3)。
- a) 手術
- プロラクチン産生下垂体腺腫を除く、ホルモン産生下垂体腫瘍、および、症候性ないしは増大傾向を示す臨床的非機能性腺腫がその適応となります。一般には経鼻的下垂体腫瘍摘出術が行われます。到達経路として、上口唇下粘膜を切開して鼻腔内に到達する方法(図4)と、直接鼻腔を経由する方法があります。また、手術手段として、手術用顕微鏡を用いる方法と内視鏡を用いる方法がありますが、近年では内視鏡を用いた手術を行う施設が増えてきています。
図4 下垂体腫瘍の手術
- b) 薬物治療
- プロラクチン産生下垂体腺腫:
ドーパミンアゴニストとよばれる薬剤(ブロモクリプチン(商品名パーロデル)、カベルゴリン(商品名カバサール))が有効で、約90%の症例で、血清プロラクチン値の低下と腫瘍の縮小がみられます。カベルゴリンは通常は週一回の内服でよく、プロラクチン産生腫瘍ではドーパミンアゴニストによる薬物治療が第1選択となります。 - 成長ホルモン産生腺腫:
手術でGH, インスリン様成長因子(IGF)-1の正常化がえられなかった際に、薬物治療が導入されます。第一選択薬である、ソマトスタチンアゴニストとよばれる薬物による治療として、オクトレオチドの徐放薬(商品名サンドスタチンLAR)が主に用いられており、4週間に一回の注射で治療が行われています。さらに近年ランレオチド(商品名ソマチュリン)の徐放剤も発売され、同様に4週間に一回の注射で治療が行われています。また、第二選択薬として、成長ホルモンの受容体拮抗薬(ペグミソマント、商品名ソマバート)での治療も行われています。 - 甲状腺刺激ホルモン産生腫瘍:
同様に手術でTSH、甲状腺機能の正常化がえられなかった際に、オクトレオチドの注射による治療が行われます。 - c) 放射線治療
- ガンマナイフ治療:手術や薬物療法でも効果が不十分であるときに行われます。
2 悪性腫瘍
脳実質に発生する悪性腫瘍に対する治療はまだ困難な点が多く、最近ようやく治療の標準化に向けて検討がはじまった段階です。周囲の脳にしみ込むように発育するため全摘出が困難であり、また脳には抗ガン剤が到達しにくいため有効な治療薬が少ないことなどが原因です。しかし、治療の原則は以下のように考えられています。
1)神経膠腫
神経膠腫には、以下のように様々なものが存在します。
星細胞性神経膠腫(星細胞腫、悪性星細胞腫、多形性神経膠芽腫(図5)、この順に悪性度が高い) 、
乏突起神経膠腫(図6) 、その他(上衣腫、脈絡叢乳頭腫など)
図6 乏突起神経膠腫 |
![]() a:腫瘍部分 b:一次運動野 |
36才女性 MRIで左前頭葉の一次運動野近傍に腫瘍を認める。 |
図5 多形性神経膠芽腫 造影MRIで左側頭葉に腫瘍を認める |
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39歳男性 てんかん発作と明け方の強い頭痛、意識消失があり、緊急入院。開頭腫瘍摘出術を受けた。病理診断は多形性神経膠芽腫であった。 |
- a)手術
- 外科的にできるだけ多くの腫瘍を摘出することが第一選択です。一方で、脳の正常部分や脳の機能の温存が重要になります。これらを目的として、前述のように、トラクトグラフィーといわれる神経線維の走行の画像診断、ナビゲーションシステム、様々な手術中の電気生理学的モニタリング、術中超音波診断装置などを用い、可能な限り安全な手術を行います。摘出した腫瘍の病理診断、遺伝子診断、悪性度に応じて、引き続き放射線治療や抗ガン剤を用いた化学療法を追加することになります。
- b)放射線治療
- 摘出部位に限局して照射をする照射が原則で、リニアックX線による60グレイ分割照射が標準的です。
- c)化学療法
- [1]星細胞性神経膠腫にはアルキル化剤という薬剤が中心に用いられます。従来、日本ではACNU(商品名ニドラン)の静脈内投与(例:100mg 点滴静脈内注射)を中心とした化学療法が一般的でしたが、悪性星細胞腫と多形性神経膠芽腫では、経口投与が可能なアルキル化剤のテモゾロマイド(商品名テモダール)が現在主流となっています。
#テモゾロマイドによる化学療法:導入療法として、放射線治療と併用で、42日間75mg/m2経口投与します。維持療法として、導入療法後4週間休薬した後、5日間150mg/m2経口投与23日間休薬を28日ごとに繰り返します。
#インターフェロンβ(IFNb、商品名フェロン)の併用:テモゾロマイドの効果を高めるために、導入療法、維持療法のいずれにおいてもインターフェロンβを300万単位から600万単位、併用することもあります。
#手術中に使用する抗がん剤、カルムスチン(商品名ギリアデル)が使用されるようになりました。手術中の迅速病理診断で悪性星細胞腫ないしは多形性神経膠芽腫と診断された際には、残存する腫瘍に対して、カルムスチン(商品名ギリアデル)のウェファーを手術部位に敷き詰めます。
#ベバシズマブ(商品名アバスチン)は、血管内皮増殖因子に対する抗体で、腫瘍の血管増生を抑制することにより、抗腫瘍効果を発揮するもので、悪性星細胞腫と多形性神経膠芽腫に対して使用されるようになりました。
図7 第1番、第19番染色体解析
本例では1p19qといわれる染色体欠失を認めます。 - [2]乏突起神経膠腫(ぼうとっきしんけいこうしゅ)に対するPAV療法(ACNUニドラン、塩酸プロカルバジン、VCRオンコビン):摘出した腫瘍標本で染色体解析を行い、1ploss, 19qlossといわれる異常があった場合に有効であるとされています(図7)。第1日ACNU80mg/ m2、第2-15日1日量塩酸プロカルバジン100mg/ m23回に分けて内服、第8日VCR1mg/ m2、第15日VCR1mg/ m2
なお、星細胞腫の場合には、症例によっては、術後放射線化学療法を行わずに経過観察することもあります。
2)中枢神経原発悪性リンパ腫
- a)手術
- 外科的に腫瘍を摘出し、病理診断を確定することが第一です。
- b)放射線治療
- 通常下記の化学療法に引き続き行います。全脳30グレイ局所10グレイの照射を行います。
- c)化学療法
- メソトレキセートの大量療法が一般的です。実施中は尿をアルカリ性に保ち大量の補液(点滴)、葉酸による骨髄救援療法が必要になります。メソトレキセート3.5mg/ m2を2週間に1回合計3コース行います。
3)胚細胞性腫瘍の中で悪性型のもの
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図8 悪性胚細胞腫 45歳男性 造影MRIで松果体部に不規則な形状の腫瘍を認める。 |
胚細胞性腫瘍の中で悪性型(図8)のものに対しては、プラチナ製剤を中心とした化学療法が主流です。
#カルボプラチン(商品名バラプラチン)とVP-16
#イホスファミド(商品名イホマイド)とシスプラチンとVP-16:ICE療法
4)特殊治療
手術困難な頭蓋底の脊索腫(せきさくしゅ)などに対し重粒子治療が行われます。
(2013.9.24更新)