
気分障害はこれまで躁うつ病(広義の)とほぼ同じものである。すなわち気分障害は「うつ」のみの単極性障害と「躁」と「うつ」をくりかえす双極性障害(躁うつ病-狭義)をまとめた概念である。
2013年5月、アメリカ精神医学会よりDSM-5が公にされた。日本精神神経学会では、その日本語への翻訳の作業に当たっている。各専門学会との用語の統一の作業等もあり、2017年よりの活用となろうかと考える。気分障害の項では、死別反応の廃止のほか発達障害の問題などがある。
「うつ」の患者が増加している。自殺者がなお多い。慎重な対応が望まれる。
単極性障害
- 大うつ病(major depression)
- 大(major)というのは、もっとも頻度の高い典型的な(ありふれた)うつ病であり、必ずしも重篤なうつ病というニュアンスではない。
抑うつ気分または全ての活動への興味や喜びの感情の喪失が2週間以上続く。また病期は6ヶ月以上持続する。病気は1回のみのこともあるが、3/4の患者で反復する。病相と病相の間は完全に寛解する。
男性より女性に多い(約2倍)。初発平均年齢は40歳前後、しかし、最近は20歳代の患者が増えている。 - 気分変調症
- 少なくとも2年間にわたり、抑うつ気分が存在する日が多い。大うつ病と共通した症状が多いが、その程度は軽度である。しかし、両者の鑑別は時に困難である。
【大うつ病の診断基準(DSM-IV)】 | |||
I | |||
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(1) | 抑うつ気分 | □ |
(2) | 興味、喜びの喪失 | □ | |
* | (1)か(2)のうち少なくとも1つが2週間以上存在する。 | ||
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II | |||
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(1) | 患者自身の訴え(例、悲しみ、空虚感)か、他者の観察(例、涙を流している)で示される抑うつ気分(1日中で毎日) | □ |
(2) | すべての活動での興味、喜びの減退(本人の訴え、他人の観察)(1日中で毎日) | □ | |
(3) | 著しい体重減少/増加(1ヶ月で体重の5%以上の変化)、食欲減退/増加 | □ | |
(4) | 不眠/睡眠過多 | □ | |
(5) | 精神運動性の焦燥または制止(単に主観的なものではなく、他者によって観察可能なもの) | □ | |
(6) | 易疲労性、気力の減退 | □ | |
(7) | 無価値感、過剰であるか不適切な罪責感(妄想的なこともある) | □ | |
(8) | 思考力、集中力の減退、決断困難(本人、他者の観察) | □ | |
(9) | 死についての反復思考(自殺念慮、自殺企図、はっきりした自殺の計画) | □ | |
* | Iの(1)(2)が中心となり、I・II全体で5つ以上の症状の存在についてチェックする。 |
治療
- ○入院治療:
- 自殺企図がある場合、入院を考える。
高齢者のうつ病で身体的に衰弱をしている場合は身体管理のため入院の適応となる。
身体的合併症(心臓疾患、肝疾患など)の場合は入院が必要となる。 - ○外来治療:
- 大半のうつ病は外来治療が可能。慎重に病歴を聞く。最初の1ヶ月は週1回の通院とする
(副作用をチェックし、患者との信頼感を築くため)。2ヵ月後は2週間に1回でも可。
治療は最低6~8週間、軽快すれば再燃防止のため16~20週間継続治療を行う。
入院、外来を問わず、治療に当っては治療関係を確立するようにする。
そのため次の4点について十分留意する。- 十分に話を聞く
- 病気についてわかりやすく説明する
- 治療方針(薬の効果、副作用など)
- 心理教育
- ○症状評価:
- うつ病自己評価尺度
患者自身による症状評価のための尺度である。
Zungうつ病自己評価表、Beckのうつ病自己評価表がよく利用される。
双極性障害

かつて躁うつ病(狭義)と呼ばれた。少なくとも1回以上の躁病か1回以上のうつ病を経験する。周期的に躁病と大うつ病を繰り返す(双極I型障害)。軽症で持続期間も短い軽躁病と一時的な大うつ病を来たすものがある(双極II型障害)。
双極性障害ではアルコール乱用の合併が多い。
双極I型障害の躁状態では他者との人間関係に重大な支障を来たしうる。また、うつ状態では自殺の危険性が極めて高い。双極I型では、躁状態の時、周囲が困り、うつ状態では本人が困る。双極II型障害では軽躁状態で生産性が上がる。
大うつ病では、ストレスが成因となる。双極性障害は遺伝的な体質が考えられている。
双極性障害のうつ状態は、大うつ病とほぼ同様のものであり、鑑別することはできない。
躁状態では、気分は爽快で、楽しい。睡眠欲求は少なく活動性は亢進する。多弁で早口、話題が次々と変わる。アイデアがあふれ、自己感情が高まる。しかし、愉快なばかりでなく、刺激性が高まり、攻撃的になり易い(易怒性)。
発病年齢:平均30歳(10歳代から老年期)
治療
入院か外来か?
うつ病性障害患者の多くは外来での治療で対応可能であるが、入院治療が必要であるものは次のような場合。
- 自殺企図・強い希死念慮がある
- 治療に適さない家庭環境
- 身体合併症等があるため全身状態が不良など
治療導入にあたっての注意
- 「うつ病」であること、治療により軽快することを告げ、「なまけ」ではないことを話す。
- 睡眠障害により脳の機能回復が不充分となっている。
- ストレスを過大評価してしまい自己評価は低下し、否定的認知に陥り悪循環の状態となっている。
- 休息と薬物療法の重要性
- 人生の重大事(結婚関係、退職、財産の処分など)の決定を延期する。
- 家族や周囲からのうつ病急性期の「叱咤(しった)激励(げきれい)」「気楽らしへの勧誘」をしないこと。
- 睡眠・覚醒リズムの改善。適当な飲酒。
双極性うつ病と大うつ病について
過去に躁状態の既往がなく、単極性のうつ病と考えられる場合でも治療経過に注意が必要である。
双極性うつ病(以下の5つ以上) | 大うつ病(以下の4つ以上) |
---|---|
過眠 | 睡眠障害・不眠 |
食欲亢進(体重増加) | 食欲低下(体重減少) |
精神運動性抑制 | 活動性の低下が見られない |
精神病症状 | 身体的訴え |
気分症状の不安定さ | |
若年発症(25歳以下) | 25歳以上の発症 |
うつ病の再発(5回以上) | 長い羅患期間(6ヶ月以上) |
双極性障害の家族歴 | 家族歴なし |
Nitchell PB, Goodwin GM, Johnson GF, et al (2008)
薬物療法の注意点
- 原則としては、少量からはじめる。吐き気や消化不良などのほかアクチベーション症候群(イライラ感や不安感の増大、不眠、パニック発作など)が治療開始に認められることがある。服用を続けると数日で消失することが多い。
- 高齢者では併存身体疾患への治療薬を服用していることが多く、薬物相互作用についても注意をする。
糖尿病疾患では、抗うつ薬が食欲亢進を来たすことがあり、慎重に薬剤を選択する。 - 抗不安薬・睡眠薬の処方については、依存性や認知機能障害などの可能がある。長期にわたる処方には注意が必要。
薬物療法
軽症の場合とは「小精神療法」(笠原)で十分な改善が見られる場合も少なくない。患者から薬物療法の要望があれば、新しい抗うつ薬(SSRI,SNRI,)の単剤での治療を始める。総合的な優劣はないので、効果や副作用などのバランスで決める。使用する前から効果を予測することはできないのが現状である。2週間前後である程度の効果があれば6~ら8週間は治療を続ける。早い減量は再発につながる。
治療開始1~2週の間に吐き気や消化器症状が出ることがあるが、数日で消失することが多い。あわせて精神療法(心理教育)を行うことが望ましい。
うつ病の「精神療法」
- うつ病は怠け焼きのゆるみではなく、治療により改善する病気であることを説明する。
- 休息を取るように指示する。
- 治療に要する期間におおよその見通し(短くて3月、平均6か月程度)を伝える。
- 必ず治ると伝え、自殺しないことを約束する。
- 病状は直結的に改善するのではなく、良くなったり悪くなったりを繰り返しながら改善していくことを伝える。
- 治療中は退職や離婚等の人生の重大な問題の決定はしないよう伝える。
- 抗うつ薬などの服薬の重要性とその副作用について説明する。
基本的な生活リズムを規則正しくすることが、治療効果を高めることを十分に伝えることが大切(昼夜逆転、不規則な食事生活など)。
中等症・重症のうつ病には、自殺予防は重要な問題となる。場合によっては修正型電気けいれん療法(ECT)も治療の選択肢に入れる。抗うつ薬としては、軽症の場合と同様SSRI・SNRI・ミルタザピンから始める。それぞれの抗うつ薬間の有効性、認容性の違いはない。
新規抗うつ薬は三環系抗うつ薬と比べて、抗コリン性有害作用や心臓、循環器系への副作用は軽度ですが、そのことが本薬が安全であるとはいえない。
本薬による治療だけではないが、24歳以下への投薬による自殺率の増加の問題などはとくに留意すべきことである。
重症のうつ病では入院治療となるので、三環系抗うつ薬も第一選択役の候補となる。重症では三環系抗うつ薬の方がより有効な傾向があるが、それだけに副作用のチェックが必要となっている。
うつ病の症状に妄想や幻覚を伴う精神病性うつ病では、三環系抗うつ薬のアモキサンが用いられることが多い。
双極性障害の躁病エピソード治療には、リチウムと非定型抗精神病薬(オランザピン、クエチアピン、リスペリピン)の併用。うつ病エピソードには、クエチアピンやオランザピンを用いる。三環系抗うつ薬は推奨されない。
《文献》
1)日本うつ病学会監修:大うつ病性障害・双極性障害 治療ガイドライン、2013年、医学書院
(2014.2.5更新)